2008年03月20日

弥生映画

nocountry.jpg nocountry2.jpg mister_lonely.jpg

●「ノーカントリー」"No Country for Old Men"。怖い。七三分けマッシュルームカットの殺し屋は選択と決断を基にした不思議なルールに従って出会う人々を殺す(もしくは殺さない)。彼の顔を見たら人生の全てをコイントスに賭け、全責任を取らなければならない。自分の選択を信じられない依頼人も仲間も殺す。"What's the most you ever lost on a coin toss?""Call it, freiend-O"。そのルールを見極めようとするうちに登場人物の多くは死に映画も終るが、殺し屋のどこかに一貫したルールやモラルがあると悩むこと自体が、本作でトミー・リー・ジョーンズが体現している、犯罪にはそれなりの理解できる理由があるとする"Old Men"のパラダイムでしかない。この殺し屋はマクガフィンであり中身がない記号だ。舞台となった80年以降の純化され自己目的化した暴力そのものの表象である。原因や理由は必要とされない。最後は金を奪い返すための殺しでもない。音楽はなく映像がソリッドで120分一気に過ぎる。怖い。●「Mister Lonely」ハーモニー・コリンが復帰してやっぱり映画が大好きと宣言している映画。他人のモノマネは苦しいのではなく、人生そのものが息苦しい人にとって、他人の人生を借りると、借り物だから長続きしないのは薄々わかっているけど、少しだけ楽になる。ヴェルナー・ヘルツォークとレオス・カラックスが脇で出演する貴重なフィルム。

posted by ysms at 03:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月03日

ブリヌィの味を知らない場合

bliny.jpg

亀山郁夫による『カラマーゾフの兄弟』の新訳は、異例の売れ行きを示しているという。すぐれた新訳を獲得したことで、学生時代に挫折した団塊世代が手に取ったという要因以外にも、村上春樹が折に触れてこの作品へのリスペクトを語っていたこともあるし、亀山氏のこれまでのソビエト−ロシアについての著作がソビエト研究者以外にも確実に支持者を広げてきたということもあるが、何より日本人の古典熱、読書欲は、昨今「本を読まない」と識者が嘆くほどには衰えていないということであろう。

沼野充義が、この新訳のリーダビリティについて「あえて」批評を加えている。(「UP」08年2月号「薄餅とクレープはどちらが美味しいか?」)
「さあ、話はこれぐらいにして、あの子の供養に行きましょうよ。あんまり気にせず、クレープを食べてくださいね。ずっとづついているよい習慣なんですから」アリョーシャは笑いながら言った。(第5巻、P63)

この「クレープ」の原語は「ブリヌィ(bliny)」である。作り方はクレープに近いが、「味わいも、宗教的・文化的意味も、クレープとはぜんぜん違う」。ナボコフもこの違いを力説していた。先行の訳では、米川正夫は「薄餅」に「プリン」とルビを振り、小沼文彦は「パン・ケーキ」、原卓也は「ホット・ケーキ」と訳した。いずれも日本人の世界観におけるブリヌィの近似的な置き換えである。

沼野は大江健三郎の近著『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ』を取り上げる。表題であるポーの詩「アナベル・リィ」は日夏耿之介による、ほとんど創作と言える異様に古風で難解な訳文(例えば「揩スし」の原文は単にbeautifulである)に、翻訳の一つの可能性を見出している。日夏が、ポーの「.....the wind came out of the cloud, chilling/ And killing my Annabel Lee」というシンプルな原文を「油雲(いんうん)風を孕みアナベル・リィ/そうけ立ちつ、身まかりつ」と訳した反現代性や、大江がエリオットの「what! are you here?」を「なんだ、君はこんなところにいるのか」と訳すときに現れる、自然な日本語の会話の規範からの微妙な逸脱が、使い慣れた日本語を異化する機能を果たす、と。

もちろん日夏の訳文はあまりに特殊で一般化できないが、沼野は翻訳が持つ3種類のストラテジーを分類する。
1.翻訳先言語に商店を合わせ、異質な要素を翻訳先の文化の文脈に適応させる(『カラマーゾフの兄弟』の「クレープ」)
2.翻訳先にとって異質であってもあくまで原語に忠実を目指す(学者の翻訳に多い)
3.1と2の両者の間に立って、第三の原語を作ろうとする媒介的な翻訳(ベンヤミンが言う「純粋原語」に近いもの)
のうち、世界文学は3で展開されるべきであると締め括る。


一般的には、かつてドナルド・キーンが太宰治の『斜陽』に登場する「白足袋」を「white gloves」としたような、1.のパターンが名訳として称揚される。翻訳先の世界観で近似的な存在のものに置き換えることで原文の世界観を受容しやすくする技術はたしかに必要であろうが、外国文学を読む一つの意味である、原文の、つまり外国の世界観を知る機会を逸している。
個人的には「ブリヌィ」や「白足袋」のまま、その文化的な意味についての注釈があるのが望ましいが、造本コスト、リーダビリティをどこまで犠牲にするのか、そして第三の媒介的言語は、単に第一と第二の対立を超克するという目的で生まれた理念的な存在ではなく、現実的な翻訳技術として成立しうるのか、その困難さを想像せざるを得ない。
posted by ysms at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月27日

ミニマリストの誕生

レイモンド・カーヴァーの短編「愛について語るときに我々の語ること」は、カーヴァーの原稿に編集者のゴードン・リッシュが大幅に手を加えて出版されている。元のカーヴァーの原稿にリッシュがどのように手を加えたのかが、ニューヨーカーのサイトで読める。
編集者が手を加えるのは珍しくないが、主人公の名前もストーリーも変えられており、何より大部分の描写が大胆に削られているのには驚かされる。アメリカのプア・ホワイトの代弁者、"ミニマリスト"カーヴァーの文体は、リッシュがカーヴァーの説明的描写を削った果てに生まれたものだったのがわかる。

NewYorkerOnline カーヴァーの原稿とリッシュの編集

ミニマルで反復的な文体は、カーヴァーが後に血肉とするのだろうが、カーヴァーの才能を見出したリッシュが主導して、カーヴァーの魅力を最大限発揮できる文体を共同作業で作りあげたプロセスがわかる。

“Well, Nick and I are in love,” Laura said. “Aren’t we, Nick?”

“Well, Nick and I know what love is.” Laura said. “For us, I mean” Laura said.


“I’m not on call today,” Herb said. “I can do anything I want today. I’m just tired, that’s all.”

“I’m not on call today,” Mel said. “Let me remind you of that. I am not on call.”



“This is nothing to joke about,”

“Where’s the joke? ”


こういう細かい文章の改変だけではなく、リッシュは結末を変更してラスト数ページを削除している。
posted by ysms at 14:14| Comment(0) | TrackBack(1) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

生き延びた者の記憶

boltanski4.jpg

クリスチャン・ボルタンスキーの父親はユダヤ系で母親はキリスト教徒だった。父親はナチ占領下のパリ、妻と喧嘩をして家出したふりをして、家の床下の小さな空間で一年間を過ごした。現在でも一人で外出することはない。解放後まもなく生まれたボルタンスキー自身も戦後18歳まで一人で外を歩いたことはなかった。家族は必ず同じ部屋に寝ていた。
ボルタンスキーは幼少期、病的なほど無口で、いつも部屋の片隅にじっとしていた。学校へ行ってもすぐ抜け出してしまい、先生が町を探し回る。やがて知能障害と判断され特殊学級へ入る。
今では「陽気なおじさん」として会う人から評されるボルタンスキーであるが、作品は幼少期に家族で共有した決定的な外部への恐怖によって支配されている。記憶と忘却をめぐる問いを、忘却に抗うことよりも、記憶の不可能性に立脚して見るものに提示していく。
ひとつだけ永遠に続いていくものがあるとすれば、それは言葉で伝えられる物語だけだと思います。だから私はむしろ、何年か先にあの作品がなくなってしまった後に、ある種のうわさが残ることのほうが重要だと思います。昔ここにパリのアーティストの心臓が転がっていて、夜な夜な鼓動が聞こえてきた、とね「芸術新潮」2007年1月号インタビュー

boltanski.jpg


posted by ysms at 00:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月18日

孤独について

gould2.jpg   gould.jpg

『グレン・グールドとの対話』

ラジオというメディアに興味を覚える理由を訊ねられるグレン・グールド。

そのことはできるだけわかりやすく扱ってみたいね。大きな問題だし、重要な問いでもあるから。効果的比率についてはわからないけれど、いつも直観的に把んでいることは、他人の集団と過ごす一時間ごとに、人は掛けるX倍の一人の時間が必要なんだ。そのXの数字はなにを表すかじつのところわからないが、たぶん2+7/8か7+2/8とか、はっきりした比例だ。ラジオは、ともあれ、子供の頃からの非常に身近なメディアで、ぼくはぶっつづけに聴いているね、そう、ぼくにとって壁紙みたいに、ラジオとともに眠り、ラジオがないと睡眠不能になってしまう、ネンブタール(睡眠薬)をやめてからね。(笑)
(中略)
人間が孤独の存在であるという仮説と、四六時中ラジオをバックに流して安心するという事実間にある矛盾をそのまま認めることをやった覚えはない。つまり、先週ぼくらはラジオの持つ純粋に物理的能力を話題にして、精神障害を除く力、そして例としてベートーヴェンのピアノソナタ第三〇番作品一〇九について語り合った。ムザクのようなBG音楽を聴いて動転しまうような人間をぼくは理解できかねるね。ぼくならエレベーターを無限に上昇下降させて聴いても邪魔になんかならない。どんなに間抜けなしろものでも平気だ――識別能力ゼロだから。


グールドは、自分の孤独すらもユーモアをもってコントロールしようとする。腎炎によって、知人が一人もいないハンブルグでじっとしていた一か月が、「人生最良の月、いろんな意味で、正しくもっとも重要であり、もっとも孤独であったゆえに最良の一か月」だっと言う。

一種の精神の高揚があった――このコトバを使うには慎重なんだぜ――ある特別なひとりぼっち感があるときのみ使うコトバでね。ほとんどの人たちが知っていても認めないある体験。確かに思えるんだ、ときおり、ぼくらは大抵、仕事かなにかのプレッシャーでつながりを失ってしまっている。でも、どこかにそのバランスを取りもどそうと試み、さっきいった比率を再建するものなのだ。そして遅かれ早かれ、ぼくは暗黒の一冬を過ごすだろう、そういう確信がまたある。
posted by ysms at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月15日

家族の歴史

normandie.jpg normandie2.jpg normandie3.jpg normandie4.bmp

『かつてノルマンディーで』ニコラ・フィリベール

200年前の殺人事件を、師匠のルネ・アリオが30年前に映画化した。
映画では、ロケ地であるノルマンディーの農民たちに役者として登場してもらった。
その農村を、当時の助監督であったニコラ・フィリベールは、もう一度訪れる。

200年前の事件、30年前の撮影、現在。
それぞれの時間が交差する。

モデルとなった事件は、父親を守るために、神の啓示だとして母親と弟妹を殺した若い男の話。
精神鑑定という概念がない時代に、裁判では男が狂人か否かの論争が繰り広げられた。
一方で男は殺人に至る動機を極めて克明な手記に残し、自殺する。
その手記に現れる犯人の知性の高さ、言葉の美しさにミシェル・フーコーは注目し、『ピエール・リヴィエールの犯罪―狂気と理性』という一冊の本を記した。
フーコーはこの映画のロケにも来た。農民は「フーコーは知性をひけらかさず、気さくに話しかけてくれた」
映画に出演した農民たちのその後の人生を、フィリベールは丹念に聞き取ろうとする。
「他人を演じることで、自分が何ものかわかった。リセを留年したけれど、全く後悔していない」とする女性。
映画出演のあと、娘が統合失調症になり、苦難の人生を送ってきた夫婦。
主役の犯人を演じた男は、ハイチで牧師をしていた。その信仰の中には、完全な悪人などいないという、事件の犯人を演じることで得られた信念があった。
映画の中の犯人、映画の出演者、映画の監督と助監督、それぞれに家族があり、生と死がある。
200年前、30年前、現在を行き来することで、歴史がつながり、個別であり普遍でもある家族の問題が、重層的に現れる美しいフィルムに仕上がっている。

監督はこの映画を豚の誕生のシーンからはじめる。
新しい生命を祝福する歓喜の場面ではなく、今にも息絶えそうな豚の稚児を心臓マッサージし、叩き、なんとか生命を与える、農家にとってはいくつもの流れ作業の一つである。
後半では、生きた豚を捌くシーンを映す。
頭を長い金槌で強く叩き、痙攣している間に頚動脈にナイフを入れ、血を抜く。「うまくいった」と農民。
逆さに吊るして、腹から内臓を取り出したら、出荷可能な肉になる。
『世界屠畜紀行』の実写版であり、慣れていない人は目を背けたくなるものの、彼等の生活を、牧歌的な農村風景ではなく、豚の生と死に託す。豚は商売道具であり、生活の糧であり、家族でもある、その畜産農家の家畜との距離感を緊張感のある映像で表現するテクニックには驚かされる。

田舎、農民、動物、子供などをテーマとしながら、極めて知的な距離感を保つ監督であるという印象は、益々強まった。
posted by ysms at 17:47| Comment(0) | TrackBack(1) | 02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月13日

マーケットをデザインする

nv_0001.jpg nv_0002.jpg

D&Department「NIPPON VISION」@九品仏

47都道府県のロングライフな製品を一堂に。ナガオカケンメイ氏は「売り方をデザインする」ことへ執着する。各地の伝統工芸品ではない。亀の子束子に代表される、用途、価格、デザインのバランスのとれたリアルブランドを売る。そのためのマーケットを創り出そうとする姿勢に共感する。

補助金の多くは都心から招待した「先生」と呼ばれるデザイナーのワークショップなどの費用に当てられ、その土地に根ずくはずのない東京や世界の動向話に酔いしれ、まるで有名歌手のディナーショーのように、彼らが帰ると、何も残らない状態があちこちに見られました。「デザインも悪いけれど、デザイナーも悪い」そう思いました。そして、「デザイン」とは、都会にあるミーハーなものではなく、意識を持てばどんな場所にでもしっかり育つ。問題それをしっかり根付かせる方法のデザインそのものがないということだと、思いました。
posted by ysms at 01:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 05 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月12日

談春の春

談春独演会@下北沢

独演会と思いきや前半なぜか昇太の「力士の春」、次にそれを翻案した談春の「落語家の春」(「噺家の春」か)。「力士の春」は昇太のスタンダードだが、テンポがよすぎて落ち着かない。筋は十分面白いのだが昇太の身軽さから太った力士的小学生が浮かんでこない。それも好みの問題。「落語家の春」は子供を噺家にしようとする親と反抗しながらも噺家風情が身についていく子供の話。落語界の憂うべき現状についての言及が多いメタ落語。落語ファン必笑だろう。ただ、前半では昇太と談春のそれぞれの高学歴な弟子の話が一番面白かった。
昇太は上手くて面白い。スピード感もある。テレビっ子に落語を進めるなら昇太だろう。ただ落語の面白さをテレビの笑いに近づけるほど、人気とともに失うものがある。
後半は談春の「ミイラ取り」。吉原は角海老で長居を続ける若旦那を、番頭、大工の頭、飯炊きが順繰りに迎えに行くものの、いずれもミイラ取りがミイラになるという話。たしか圓生の好んだ演目。男4人の演じわけが難しいが、お調子者の江戸っ子である大工の頭の軽妙な話ぶりと、田舎者の飯炊きの朴訥とした直情型の物言いが対照的で安心感がある。情けない男、堅気になれない江戸の男は、談春の独壇場。
posted by ysms at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 04 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月11日

素朴さを伝える

nichola4.jpg

Etre et avoir ぼくの好きな先生』ニコラ・フィリベール監督

nichola.jpg nichola2.jpg nichola3.jpg

地方の山村にある、全校生徒13人の小学校。日本でもこういうテレビ番組が時々ある。ただ本作は正真正銘の映画である。
厳しい吹雪のなか牛の群れを統べている農民、教室の床を這う二匹の亀。 オープニングでそれだけを映し、その学校がどういう環境にあるのか、景色と動物に語らせる。
その後も牧歌的な世界で生徒と教師の対話を中心にゆっくりと時間が流れ、田舎の子供たちが素直に成長していく幸福を観る者は感じ、卒業とともに町の中学に行くことになる生徒との別れには、この少し古風な教師と田舎の純朴な生徒が毎日積み上げてきた絆の重さに心打たれる。
そこに至るまで、監督は10人以上の生徒およびその家族、そして教師の特徴を短時間のうちに観客に伝えることに成功している。
その教師や生徒が好きで、ただ真面目にカメラを回したとしてもこうはならない。
だからこの監督は、本人まで素朴な正義感たっぷりのドキュメンタリー映像作家と考えるのは誤りで、実に冷めた目で、戦略的に画面を構成する手錬れの映画作家と理解するべきではないだろうか。

誰もが幸せとノスタルジーに浸って観たはずのこの映画の公開後に、監督がこの教師から肖像権や知的所有権の侵害で訴えられたという驚くべきエピソードは、詳しい訴訟内容および経緯は知らないが、本作が並のドキュメンタリーではなく、優れた映画に昇華した映像だと言える証拠だと思う。

この子供たちとの距離感は、ラッセ・ハルストレムの『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』を思い出させる。ハルストレムも決して素朴な映画作家ではないように、あるいはデビッド・リンチが『ストレイトストーリー』を撮ったように、素朴さの反対側から、伝えるべき「素朴さ」を冷徹に見定めているクールな才能の存在を感じるのだが、考えすぎだろうか。
posted by ysms at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月10日

尊厳死について

現代思想 vol.36-2 (36)」2008年2月号
対談「尊厳死をめぐる闘争」における、科学史家小松美彦氏から日本尊厳死協会副理事の荒川迪生氏への、尊厳死の法制度化批判の論点。

●国家が国民の死を合法的に掌握し、特定の死に方のみを承認することになる
●法律の存在によって、かえって議論がなくなり、安易な延命装置外しが行われるであろう
●協会の言う安楽死と尊厳死の区分が国際的に一般の整理とは異なり混乱している。動機と方法の区分が曖昧である
●「不治かつ末期」という条件は、実は「末期」だけがポイントになっている。その場合植物状態は仮に不治であっても末期ではなく、定義から外れる
●植物状態で意識を確認する手段がなくても、「意識がない」と結論付ける科学的根拠はない。脳波がない=意識がないとも決められない
●ヴァチカンは04年に経管栄養と水分補給は通常医療に他ならないと規定した
●植物状態で、仮に本当に意識がない人がいたとしても、そういう最弱者こそ守られるべき
●リビングウィルは変更可能なはず。脳死状態や植物状態では変更もできない
●射水市民病院の人工呼吸器抜管では、臨床的脳死診断を行わずに脳死状態と宣告する杜撰な診断であったことが中島みち氏によって報告されている。にもかかわらず当該医師の復帰署名運動を協会が組織的に展開した(荒川氏は否定)
●自己決定権は普遍的・絶対的な原理ではない。そして、尊厳死の法制化について自己決定を条件にするのは、個人に限定して認めるようで実は社会的に認めるという論理的な離れ業でである
●尊厳死は結局医療を介して死をコントロールしている以上、自然死とは言えない
●身体については自己決定権が最優先されるというアメリカ型の人権概念、身体観を基礎としており、社会秩序の維持のためには人体は当人からも保護されるべきというヨーロッパ的な身体観を無視している
●1939にナチスドイツで協会の主張する尊厳死とほぼ同等の安楽死法案が作られていた。次いで自己決定能力のない人々は代理決定も可能とし、知的障害者への大量安楽死が行われた。
●歴史的にみて、自己決定権を基礎とする尊厳死法案は、必ずやそれを外そうとする動きがおきる
●協会の前身である日本安楽死協会の太田典礼氏は、優生保護法の制定に寄与した第一人者であり、精神病者や寝たきり老人を安楽死の対象に検討したようなナチス的人物である
●認知症は末期ではなく生きようとしている以上尊厳死の対象にはならないとした以上、同じ理由で植物状態も対象になってはいけないはずだが、協会は対象に含めており矛盾がある
●医療費の本人負担は増え、健康増進法により健康は自己責任とされ、障害者自立支援法によって障害者を切り捨てる国家の医療・福祉の削減潮流の中に位置づけられている。「障害や傷病を持って生きるのは自己責任・自己負担である。無理な場合は尊厳死できますよ」というメッセージである。それは実質的には強制である
●アガンベンは、権力の正体は「ホモ・サケル(殺しても罪に問われない例外者)」を生み出すことであると規定しているそれが、現代において脳死者や尊厳死の対象者である
●意識の有無に関わらず、その人がそこにいるという存在の価値を体感するところに人間の尊厳がある。経済政策の中で存在の価値が有用性の価値に転化してきていることは問題だ
●尊厳死は現行法の中で、訴追の覚悟を持って行うことに尊厳がある

尊厳死という生の尊厳を国家が管理することについては、常に緊張感を持ち慎重に議論するべきであり、拙速な制度化へのブレーキ役は常時必要である。医療の自己責任化に現れている福祉軽視の経済政策と連動した優生学的社会観に対しては常に批判的でなければいけない。
その意味で小松氏の主張には傾聴に値する視点がいくつもあるものの、そもそも生命は何物に対しても手段になりえない、それ自体が目的であり、置換不可能な存在であるとする議論の出発点がアプリオリに存在している以上、どうやっても選択肢を提示し自己決定に委ねようとする尊厳死容認派とは議論が噛み合わない。

小松氏の議論は協会の矛盾点の指摘を除けば、法制度化によって複雑な判断を要する事例に対して安易な延命措置停止がなされることへの危惧、死の自己決定論の否定、経済=有用主義から弱者が切り捨てられる優生学的社会への懸念という三つの立脚点があるが、錯綜している印象を受ける。

小松氏は、ヨーロッパ的身体観では身体は完全に自己のものではなく社会的な存在であるとし、身体に関する自己決定権を最優先に置くアメリカ的身体観を批判する。
だが、その後の発言ではナチス優生学などを批判しながら、社会秩序とは無関係に生命そのものを無条件に守ろうとしている。
小松氏の言うヨーロッパ/アメリカの身体観の対比に従うならば、小松氏の生命至上主義は少なくともヨーロッパ的ではなく社会秩序よりも個人の生命を上位に置く点でアメリカ的身体観と同一であるとされても仕方ない。ここにおいてヨーロッパ的対アメリカ的という身体観の対立そのものがリアリティを失っている。

自己決定権は幻想である』というタイトルの著書もある小松氏が、尊厳死における自己決定権を批判するならば、その決定の主体が医者にある現状を超えてどこに帰属するべきなのか、然るべき説明が必要であろう。

そして、自己決定権は絶対的な原理ではないとする一方で、植物状態や脳死状態の患者について、どのような状態であっても意識がないとは証明できない以上は尊厳死するべきではないとする主張は、植物状態や脳死状態の患者の自己決定権を守ろうとする主張に他ならない。ここでは小松氏が自己決定権を前提として議論している。

また、経済的な自己負担を強いつつ、尊厳死という選択肢を提示して自己決定を迫るという方法は、「実質的な強制」だとする。この主張の背後にも、強制されない自由な状態での自己決定を理想とする自己決定論が明らかに存在している。自由な自己決定は成立しえないとする議論と、身体について自己決定してはいけないとする議論は大きく違うものだが、自己決定権批判のフレームワークの中で区別なく利用されている。

元々、自己決定に替わる決定の主体が不明な議論である以上、決定の主体を明確にした荒川氏の主張に比べて説得力を欠く。

尊厳死の条件への批判および歴史的見地からの運用方法への不安については十分に理解できるが、厳格で限定的な条件を付加した上での自己決定による延命措置の中止について、明確に否定する論拠は現れていない。そして、公益性を害さず他者の権利を侵害しない限りにおいて自己決定を阻止する議論は現代において成立し難い。
但し、尊厳死協会と荒川氏の主張は異なる部分が多々あるようなので注意が必要だ。
posted by ysms at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月07日

バードハウス

birdhouse.jpg birdhouse2.jpg birdhouse3.jpg

バードハウス展@京橋

バードハウスやバードフィーダー(餌やり台)を庭に置くことで、鳥が住み、鳥は虫を食べ、花の種子を運び、鳥を食べる動物も集まる。生態系の中に生きることを幼少期から家で実感するための、バードハウスづくりの試みは魅力的。木箱に穴を開けただけのシンプルな構造ではあるが、デザイン、色彩も多様でかわいい。
posted by ysms at 01:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 05 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月29日

記憶についてメモ

エリザベス・ロフタスの実験

1.交通事故の映画を見せ、何人かには「白いスポーツカーが田舎道を走って、農家の『納屋』の前を通り過ぎた時、どのくらいのスピードを出していたか?」と質問をし、別の人達には「白いスポーツカーが田舎道を走っていたときのスピードはどのくらいだったか」という質問をした。
実際には納屋は写っていない。

1週間後、被験者は納屋を見たかどうか尋ねられた。「納屋」を含んだ質問をされていた被験者のうち、17パーセントが「納屋を見た」と答えた。


2.被験者に交通事故の映像を見せ、一週間後に、映像にガラスの破片が映っていたかどうかと尋ねた。実際の映像には映っていない。
ある人たちには「車が衝突(Hit)したとき」と前置きし、別のある人たち「車が激突(Smash)したとき」と前置きして質問した。

「衝突したとき」と尋ねられた人の中で、ガラスの破片を見たと答えた人は14%。「激突したとき」と訪ねられた人たちの中では32%が間違って答えた。



ジャック・リュセラン(フランス・レジスタンス運動の盲目の指導者)
記憶と感情はもろいものだ。力ずくでそれらを押したり引いたりしてはいけない。指先で、夢の先端にそっと触れるだけにしておくべきだ。(『そして、光があった』)


posted by ysms at 03:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月23日

石柱

stonepillar.jpg

ヴァージニア・ウルフの家に、高名な作家が招かれる。
莫大に稼いでいるものの、彼は十分に謙虚だった。

 だが、姉が妹をいじめるときにみせるようなサディスティックな好奇心をもつヴァージニアは、彼を質問攻めにして身ぐるみはがそうとする。ニューヨークの出版社ではどれくらい時間をさかれたか、映画人の場合はどうか、国王は彼に何と言ったのか、スウェーデン皇太子は……彼女に情け容赦はない。
 そして、そのすべてを終えたあとで、彼女はほとんど優しいと言ってもいいような微笑を浮かべて、彼にこう告げるのである。
「ねえ、ジェレミー。あなたを見ていると、私、品評会で優勝したとても美しい牛を思い起こすのよ」
「牛ですか、ヴァージニア?」
 作家は大きく息を吸い込み、どんなことでも受け入れる覚悟で、私に向かって、勇ましくにやりと微笑んでみせる。
「そう、とっても立派な牛。あなたは世の中に出ていって、ありとあらゆる賞を獲得できる。でも、そのうちにあなたの体にはあちこちにいががくっついてしまって、元の牧草地にもどってこざるを得なくなるの。そして、その牧草地の中央にあるざらざらした古い石の柱に体をこすりつけて、そのいがを落とすのよ」
「ねえ、レナード」彼女は夫のほうへ目をやって続ける。「それが私たちのこの世における本当の使命だとは思わない?私たちはジェレミーが体をこすりつける古い石の柱なのよ」
クリストファー・イシャーウッドによるヴァージニア・ウルフへの弔辞(『友よ弔辞という詩』所収)

posted by ysms at 05:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月11日

昼顔・夜顔

hirugao3.bmp hirugao9.jpg hirugao10.jpg hirugao5.jpg hirugao11.jpg
『昼顔』監督:ルイス・ブニュエル 1967
娼館、SM、死体崇拝、少女趣味、犯罪者、殺人といった背徳・変態趣味をここまで美しくまとめるブニュエルの技量とドヌーヴの美しさは際立っている。貞淑な妻が夢見た不徳への憧れか、娼婦のみたつかの間の夢か、それとも夫、あるいはドヌーヴに娼館を教えた夫の友人(ミッシェル・ピコリ)の妄想なのか、なにが現実でどれが夢の話なのかを考える必要もなく、ブニュエルはブルジョアの夢遊びにかこつけてドヌーヴでとにかくこういう映像を撮りたかったのだ。監督は撮りたいものを素直に撮っているだけであり、劇中のドヌーヴと同じく、自分の欲望に忠実と言える。それだけで十分美しいのだから、やはり名作である。


yorugao3.jpg yorugao4.jpg yorugao5.bmp yorugao.jpg yorugao8.jpg
『夜顔』監督:マノエル・ド・オリヴェイラ 2006
オリヴェイラにとってはちょっとした余芸というか、意識しなくてもこういう映像になるという手癖のレベルで撮ったのだろうが、カットは流麗で古典的、セリフは優雅とは程遠く一々引っかかる嫌味に満ちた作品が撮れている。本来短編の素材でしかない一エピソードを、ドヴォルザークを延々流し、パリの街を固定で映して、情報量を増やさず70分に引き伸ばしているのだが飽きない。『昼顔』を解釈・補遺しようとする意志よりも、ブルジョアがみる白昼夢を現実との線引きをせずに楽しむだけで充分だということを『昼顔』と同じくピコリに語らせることがブニュエルへの最高のオマージュとなる。ドヌーヴを起用しなかったのは、スケジュールや予算の都合か、ドヌーヴが『昼顔』に納得していないのか、今のドヌーヴがあまりに当時と変化していないので「その後」を撮るには不都合とオリヴェイラが判断したのか、そこを知りたいのだが。

Deneuve.jpg
posted by ysms at 01:21| Comment(0) | TrackBack(2) | 02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月07日

やらと

ataka1.jpg 14代.jpg horyuji.jpg toraya.jpg

●昨年三井美術館でみた安宅コレクション展で驚かされるのは、安宅氏が買い集めた青磁、白磁、天目の趣味のよさ。息をのむ美しさ。さらに、安宅コレクションは、安宅英一個人ではなく安宅産業美術部(英一のコレクションのために創設された)のコレクションである。安宅産業は破綻したが、当コレクションが破綻の原因ではないことを、展示の解説では繰り返し語っていた。英一の眼力は並みの骨董屋を凌ぐのだが、その眼が共有できない以上、大手企業の事業にはなりえず、総合商社としてはバランスを欠いた投資といわざるを得ない。そして、会社の金を使ったコレクションに血道をあげる創業家の会長を社員がどのような表情で眺めていたのかを理解する目を英一はついに持っていなかった。
英一はあくまでコレクターであった。茶道を嗜まないことにより、鈍翁、三渓、耳庵といった財界茶人とは一線を画し経営者としてはむしろ異端とも言える執念を朝鮮陶磁器に燃やしていた。茶器のコレクターと茶人は、その目指すところが本質的に異なる。茶人は客人をもてなすために、茶室、器、花、軸、料理といった諸要素を一つのコンセプトで取捨選択しまとめあげるマネジメント職である。経営においては「闘争」を旨とした松永耳庵が一流の風雅な茶人であるのは、競争の勝利であっても客のもてなしであっても目的のために手段を統べ、手段は決して目的化してはならぬという原則を守る点において、茶の道はマネジメントであったためであろう。
英一のコレクションは国宝を数点抱える世界的なものだが、そこに客人はおらず、コレクションのゴールもない。それゆえある基準に従いそこから一品選ぶことも、勇気を持って捨てることもない。ゴールのない拡大のみを目的とした「コレクション」の発想は、成果を最大化するために限りある資源に優先順位をつけ期間を決め投入するという「マネジメント」の基本精神の埒外にある。
安宅産業の破綻は海外事業の失敗に拠るが、英一は終始茶人ではなく茶器コレクターであったことは疑い得ない。
●高木酒造の十五代目が、「十四代」を世に送り出した。
●法隆寺は改築、補修が多く世界遺産の認定に難渋したという。「遺産」は手を加えていないものであるという「保存」観における西洋と日本の違い。
●虎屋十七代当主の黒川光博氏は、オイルショック後虎屋を継ぐにあたり、先代に聞く。「この変化の激しい次代に羊羹なんて生き残れるでしょうか?」。聞かれた十六代目光朝氏は笑って答える「私もおまえと同じように先代に話したことがあったよ」。終戦直後、砂糖も小豆も手に入らず、日本はアメリカ文化の急な流入でパンやチョコレートが大人気の時代に羊羹の未来は大丈夫なのか。聞かれた十五代目武雄は笑って答える。「私もおまえと同じように先代に話したことがあったよ」。昭和初期の世界恐慌で街には失業者があふれている。そんな状況で羊羹なんてとても売れるはずがない。十四代目光影は笑って答える。「私もおまえと同じように先代に話したことがあったよ」。明治鹿鳴館時代、華族は洋装、洋食にかぶれ、外国人と舞踏会に明け暮れている。羊羹の時代は終ったのじゃないか。
●時代の空気など読まないこと。繰り返し同じ問いを発すること。不安にかられたその問いが、自信ある作品群よりも、より深い水脈で伝統を形作る。
●「God grant me the serenity to accept the things I cannot change, courage to change the things I can, and wisdom always to tell the difference.」(神よ、授けたまえ。変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵を)
昨年他界したヴォネガットの『スローターハウス5』より。追悼。
●謹賀新年



posted by ysms at 06:31| Comment(0) | TrackBack(2) | 05 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月22日

once



once1.jpg once2.jpg once3.jpg once4.jpg


once
アイルランドだが、ケン・ローチよりもウィンターボトムの「ひかりのまち」のような雰囲気でハンディカムを回した、でもたぶんそれよりもっと低予算な映画。
ストリートミュージシャンの”guy”と、ピアノの弾けるチェコからの移民”girl”が、互いに音楽を奏でることで、言葉による対話以上に、お互いのうまくいかない人生の空白を埋めあっていく。
どんなジャンルでも音楽が好きな人にとって、音楽があると、いろんなことがほんの少しずつうまくいく。
ただそれだけを描いた佳作。
作風は非常に粗く、よく言えばドキュメンタリー風、どうやってロケし、どんな編集をしたのか、作ったプロセスが観客にも手に取るようにわかる。そんな素人臭さが、ストーリーを追いながらもメイキングを想像して楽しめる映画だし、ゲリラ的なロケだろうからダブリンの町の雰囲気もよくわかる。
だが、映画の小道具係が用意することはできないであろう穴のあいたギターは、guyが今まで舐めてきた辛酸を多く語っているし、チェコ移民たちがコミュニティをつくって暮らしている風景を短時間で説明できている。決して下手な映画ではない。地味なファッションも素晴らしい。
センスよくまとめようという意思が全くないし、ストーリーはおとぎ話だ。だが、名前をもたない主人公の誰でもなく誰でもある感覚を、ダブリンの街の景色とシンプルな歌声が後押しして、映画を見慣れている人ほど不思議と感情移入しやすいのだろう。
海でgirlが言ったチェコ語は何だったのか。わからないのがまたうれしい。

posted by ysms at 05:10| Comment(3) | TrackBack(0) | 02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月12日

crate

crate2.jpg
●ジャスパー・モリソンが「今ベッドサイドで使っているワインの木箱より優れたサイドテーブルがない」という理由で“The Crate”を作り、そして200ドル以上の価格で売られていることについて議論があったとしても、日本人にとっては昔から続く「見立て」の一パターンに過ぎない。利休のころから瓢箪を花入にして李朝雑器を井戸茶碗としていたのだから、デュシャンの便器もこの木箱も、モノの形をデザイすることはデザインの本質ではないという利休の芸術観が現在尚有効であると示している。あるものを使えばいいだけだ。ゴミも減るし。●木箱で思い出したがサルコジはワインを飲まないらしい。●遠藤周作夫人が胎児救済のNPOを主催していることを知る。そしてその組織は熊本の慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」を支援している。●遠藤周作のキリスト教観はかなり東洋的とされ、一部からの批判もあった。「たしかに基督は、彼等のために、転んだだろう」。『沈黙』にみられる浄土真宗悪人正機的なキリスト教観には可能性を感じる。●島田裕巳の本によると、景気の低迷期に「神頼み」になって新宗教信者が増えるという理解は誤り。景気の上昇局面に、豊かになれる見込みを持って神仏に頼る。神仏に頼っていると、景気の後押しがあり多くの信者が豊かになる。そこで信仰の正しさが証明され、益々宗教は力を増す。高度経済成長期に創価学会はじめ多くの新宗教が信者を獲得していった背景には、信仰によって豊かさを実現するという「現世利益」を後押しする「景気」が不可欠であった。
posted by ysms at 04:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月08日

紅葉

autumnal leaves.jpg
パラクシュ。パラクシュ。
posted by ysms at 04:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ある愛の風景

『ある愛の風景』@有楽町

brothers10.jpg brothers1.jpg brothers2.jpg brothers6.jpg brothers8.jpg brothers9.jpg

監督:スザンネ・ビア、2004年。
アフガンから帰還兵のPTSDモノに家族劇をからめた、戦争映画としてアメリカでリメイクされるらしい。
ジェイク・ギレンホールがトビー・マグワイアの弟だそうだが、トビーがどうも若い気が。2人の年齢差を直感的に理解できない。

戦争から帰還した父親の精神が崩れていく描写は壮絶だが、それでも本作は最新作の『アフター・ウェディング』と対をなす、兄弟の葛藤劇であり、子供が新しい父親を受容していく家族の物語だ。その意味でこのスザンネ・ビアの両作品を同時に上映しているシネカノンの判断は正しい。

両作品とも、仕事で旅立つ父親に、子供が「誕生日までには帰ってくる?」と聞くところから物語は始まる。
どちらも父親の、その存在が変調をきたす。一方は病で死に向かい、一方は戦地で死んだはずだったが生還するが別人のようだ。子供たちは、新しい父親を受け入れようとする。特に「ある愛の風景」では、変わり果てた父親に対する姉と妹の態度の違いを繰り返し描いており、そのまま父と父の弟の人生の違いとも重なり、家族が立体的に描かれる。
コニー・ニールセンはいい女優。
posted by ysms at 04:08| Comment(0) | TrackBack(2) | 02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。