2008年06月25日

回帰分析は誰のもの

インターネットやテレビゲームが少年の脳を汚染して犯罪を誘発しているという、まことしやかな「直感」が語られやすい状況や、そう言いたくなる気持ちは理解できる。
しかしテレビゲームやネットの爆発的普及とともに少年犯罪が急増しているという統計は、どこにもない。
私たちは地味なものよりも衝撃的なもの、昔のものよりは最近のものによる印象の強さで、判断を誤りやすい。統計は頭を冷やすための最低限のツールである。
その数学が戦略を決めるは、コンピュータのハードディスク容量の増加、演算速度の向上により、ビジネス、行政、犯罪捜査、教育など多くの分野で、多くの経験と直感が統計にとって替わられている現場のレポートであり、その先にある人間と統計(コンピュータ)との関係を示す意味でも興味深い。
その中の「おもしろい計算」をいくつかメモ。

●ワインの質=12.145+0.00117×冬の降雨+0.0614×育成期平均気温−0.00386×収穫期降雨
●貢献出走塁=(ヒット数+四球)×総塁数/(四球以外の打席数+四球数)MLBのスカウトの直感よりもよい打者を獲得できる。
●クレジットカード返済実績の低い人々は事故を起こしやすいので、レンタカーや保険会社はサービス提供を拒否する。
●航空会社は、フライトキャンセルの際、常連よりも他社に乗り換えそうな客に優先的に別便の席を提供する。
●2004年、ハリケーンがフロリダを襲う直前に、ウォルマートはハリケーン進路にある店に、イチゴポップタルトを大量にストックした。「調理や冷凍が不要で、食器なしで食べられる甘い食べ物」だから、ハリケーン後に売れることをウォルマートはデータマイニングで知っていた。
●ハラーズ社のカジノでは、各属性の顧客がいくらまで負けてもまたカジノに来るかを予測している。損失がその限界額に達すると、店が食事をプレゼントしたりする。すると一気に顧客満足が向上する。
●大手クレジットカード発行会社のキャピタル・ワンは、顧客から電話がかかってくると、顧客の過去の質問履歴から計算しておそらく顧客が質問するであろう内容を、聞かれる前にコンピュータが答えることで、コールセンターの負荷を大きく減らしている。顧客がカードを解約しようとした際、その顧客が「いい客」であれば、慰留専門の担当者に電話が自動的に回る。金利が高いと言って解約を主張する顧客には統計的に慰留に最適な低い金利を提示する。
●南アのマイクロクレジット会社、クレジットインデムニティ社では、DMの右上に微笑む女性の写真を入れると、金利を4.5%引き下げたという告知と同じだけ男性の応答率が向上した。また、1週間前に電話して「大きな資金需要はないか?」と聞いておくと、DMの効果は大きくなる。
●Joann.comでは、「ミシンを2台買うと1割引!」というプロモーションが大成功した。ミシンを2台買う人はいないが、多くの人が知り合いを巻き込んで購入した。顧客が営業を代行してくれたのである。
●本書のタイトルも、「The End of Intuition」か「Super Crunchers」かで迷ったが、グーグルアドワーズの実験結果により後者に決めた。
●慈善団体が寄付を募るDMを出す際、マッチング寄付(個人の寄付が集まると、企業がそれと同額もしくはそれ以上の寄付をするシステム)について、なし、同額、2倍、3倍と手紙ごとに変えた。結果、マッチング寄付は無いよりあったほうが寄付は集まるが、2倍、3倍にしても寄付は増えない。
●銃を持っていて、裏庭にプールがある家では、子供はプールで死ぬ確率のほうが100倍近く高い
●性犯罪者再犯率急速リスク評価(PRASOR)では、性犯罪者を性犯罪歴、釈放時年齢、被害者の性別、被害者との親族関係で点数をつけ、例えば4点以上であればその囚人が釈放されたら10年以内に性犯罪の再犯率が55%。出獄後の病院への強制収監に利用されている。
●ケニヤとウガンダの調査では、包皮切除された男性のAIDS感染リスクは包茎男性の半分以下であった。医者の仮説が的中した。
●シカゴ周辺の新車ディーラーでは、顧客は人種と性別によってディーラーは粗利を変えていた。白人男性に比べて、白人女性は4割高く、黒人男性は2倍以上、黒人女性は3倍以上、払わされた。自動車ローンにおいても、黒人の場合ディーラーが金利を上乗せして契約することが多かった。
●2SDルール「正規分布する変数が、平均値から正負を問わず2標準偏差内にある確率は95%」


ここから言えるのは、データマイニングをしている企業からいいサービスを提供される場合、その会社に利益をもたらしているということだ。つまり「おいしい客」ということで、消費者として必ずしも喜ぶべきことではない。

回帰分析の良さは、その予測だけではなく予測がどれくらい信用できるかという精度を教えてくれることだ。予想屋との違いはここにある。
しかし、サンプル数の足りない珍しい事象についての因果関係を予測することは苦手としている。

回帰分析に頼った結果生じた「間違った判断」が一度でも生じると、その印象に引きずられて、人は統計を軽視しがちになる。回帰分析によって職を奪われる人の反発も加速し、「統計アルゴリズムを無視できる裁量システムが、かえって精度が低いのだという証拠が忘れ去られてしまう」。私たちの「科学的態度」を問う一冊である。

「絶対計算」時代に、残された人間の出番は、統計回帰分析を行うための仮説立案にある。統計ソフトがあればだれでも優れたマーケター・予測屋になれるわけではない。解析すべき変数を見つけ出す仮説は、経験に基づく直感によってしか生まれない。これは決して人間にとって不幸な状況ではない。

このような経験は人類史で何度も見られてきた。
天気予報は古来から私たちの暮らしに欠かせない。気圧と天気のデータが蓄積されることで前近代の呪術的な天気預言者の多くは失業し、天気図が読めて統計ができる人が、天気予報の主役になった。
同じ変化がマーケティング、医療、司法、教育、農業などで生じているだけで、科学のフロンティアが前進し「人の行動」がもはや洞察力や推理力ではなく「計算」の領域に取り込まれてきた事実を示しているに過ぎない。天気予報を預言から統計に変え、人類の誕生を創造から進化に書き換えた科学史を振り返れば何ら驚くことではなく、私たちの統計的なアプローチを受け入れる度量と、回帰分析を社会的に正しく使う叡智が問われているだけなのだろう。

羽生善治のこういう発言も納得できる。
飛躍的なアイデアとか、強烈な個性とか、そういうものが成立しにくい時代なのかなと。例えば阪田三吉さんはものすごい才能だとは思いますけども、いまの時代に生きていたら太刀打ちできないでしょう。すぐ対策が立てられてしまうし、自分自身も研究しないといけない。データを真面目にコツコツと研究していけるタイプの人しか生き残っていけない。(二宮清純との対談『歩を「と金」に変える人材活用術―盤上の組織論』より)
人類史が繰り返してきたように、武器が変われば戦い方が変わる。
現在、人間とコンピュータの関係は新しい局面を迎えている。これは人間の直感の終焉でもなく、コンピュータの勝利を意味するものでもない。ただ、既に手に入れた手段を無かったことにすることはできない。「コンピュータにわかるはずがない」という反動的な懐古主義とは冷静に距離を置いて、新しい回帰分析のツールをどう使い、その限界と弱点をどう忘れずにいるのかが私たちの課題である。



posted by ysms at 02:29| Comment(0) | TrackBack(1) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月19日

「強引な連想ゲーム」

今日の日経新聞の一面コラム「春秋」は、秋葉原の事件を派遣労働者の問題と結びつけようとする見方を、「強引な連想ゲーム」として非難している。
▼世界に知られる「アキバ」の原点は、ガード下にひしめく1坪ほどのラジオ部品屋の群れだ。新しい商売の拠点を勝ち取ったヤマチョーこと、故山本長蔵氏の功績を知る者は、今は少ない。最近では「フリーターが集う街」などと見られがちだが、原風景には想像を超える貧困や不安感と戦い克服した人々がいる。

▼狂気の事件を起こした男は派遣労働者だった。その境遇が「本人の精神的な不安定を呼んだ」とほのめかす閣僚もいる。秋葉原の惨事以来、派遣制度そのものを規制する動きが加速してきた。アキバ、オタク、ネット、ハケン……。強引な連想ゲームではないか。間違った部品を繋(つな)げた回路に心の電流は通わない。

犯罪は厳格に裁かれなければならないが、ここに典型的にみられる、「昔はみんな貧しかった。貧しい境遇を必死の努力で乗り越えて、日本は経済大国になったのだ。それに比べて今の若者は努力もせずに、、」という自己責任論が、今も多くの人に共有されている。だがこれこそが戦後の復興期と現在を「強引」に結びつける「連想ゲーム」に他ならない。
大手メディアでも平然と語られる戦後日本の復興・成長体験を基にした自己責任論が、今の日本の貧困を見えにくくしており、貧困への対策を遅らせている。何よりこうした論調が、「お前が悪いのだ」「努力が足りないのだ」と、貧困の中にいる人々の活力を削いでいることに、社会が気付かなければならない。

実はOECD加盟国のうち、日本の貧困率は第2位。貯蓄なし世帯が25%に迫る勢いで増加している。
OECDは、非正規雇用の拡大が格差拡大と貧困率増大の一因であると報告している。日本は既に貧困大国である。

日本で大学卒業までの子供1人の養育費は平均2370万円。日本のGDPに占める、政府や自治体が支出する学校教育費は、OECD30か国中29位で、生徒側が支払う学費は世界一高い。
それゆえ貧困は子供の教育の格差を生む。教育の不足は職業選択の幅を狭め、貧困が再生産され、格差は世代を超えて固定化する。政府のネットカフェ難民調査で、8割のネットカフェ難民の最終学歴が高卒以下であることが明らかとなった。

2006年6月、総務大臣であった竹中平蔵氏は「大問題としての貧困はこの国にはない」と言い切った。2007年末、彼は貧困の調査と対策をはじめて口にする。こうしたほんの数年前までの「貧困」への無理解は、竹中氏特有の問題ではなく、多くの日本人の共通した感覚を代弁したものに過ぎない。貧困の静かな拡大に、多くの日本人は気づかず、一部は気づきながらも気づかないふりをしてきた。政府は貧困に関する調査を本格的には行っていない。これは、「経済大国」「一億層中流」「平等の国」といったドグマに、多くの日本人が縛られていたことを意味している。戦後、比較対象としてきた国が常に格差大国たるアメリカであったこと、それに最近は中国が加わっただけであることも、「日本は格差が少ない」と思わせるに十分な効果を生んでいるだろう。

そして、安易な自己責任論が、努力しても貧困から抜け出せない人を、さらに「努力が足りない」と突き放し、彼らから生きる活力を奪っている。大手メディアをつくる人、大手メディアの中で語る人、彼ら彼女らの多くは成功者である。成功者は自分の成功を「運がよかった」とは決して言わない。全ては自分の才覚、自分の努力の賜物だ。彼らに「貧乏な人」は見えても、「社会問題としての貧困」は見えない。大企業のスポンサーへの手前もある。メディアには自己責任論があふれ、貧困に苦しむ人は発言する機会を奪われたままである。

正社員と無職との間にある、「非正規雇用」。定住とホームレスの間にある「ネットカフェ難民」。
政治や法律は、常に線引きをする存在であるから、こういった「中間層」は認知されづらい。無職の人への公的助成も、ホームレスへの公的支援も、かれら中間層は受け取ることができない。メディアも、中間から抜け出すのは自己責任であり、ぶらぶらしているだけだ、と。気づかないうちに、日本にこういった中間層が動かしがたい大きな層をつくり、皮肉なことにメディアに認知されるまでの勢力となった。

『反貧困―「すべり台社会」からの脱出』で、著者の湯浅誠は「貧困」と「貧乏」を区別する。経済力の不足を表す「貧乏」ではなく、教育、企業、家族、公的福祉から排除され、頼るものがない状態としての「貧困」こそが、大きな問題であるとする。
最後の頼みの綱として存在していると多くの人が思っている生活保護も、北九州市で有名になった「水際作戦」と呼ばれる福祉事務所が生活保護希望者を極力追い払おうとする対応で、生活保護の申請と受給は困難を極める。

貧困と格差が拡大すれば、非正規社員と正社員の対立、企業と労働者の対立、政府・自治体と市民との対立は激化し、その摩擦が社会全体を弱体化させる。
過労死する正社員と契約解除の不安におびえる派遣社員は、お互いを「気楽なものだ」と罵りあいはじめる。給食費を滞納した親と報告書に追われストレスが増える一方の教師は対立を深める。モチベーションの低い福祉事務所職員と生活保護申請者の互いの不信感は募るばかりであり、生活保護受給者とワーキングプアはお互いが贅沢だと非難することで、生活保護水準の切り下げという政府に都合の良い結論を導く。
貧困は犯罪を生み、犯罪者の厳罰化は著しい。不信感は全国を覆いつつある。

著者のいう社会の弱体化が、どの程度進行しているのかはわからない。
しかし、「今の日本、努力さえすれば最低限の生活ができる」、「ホームレスやフリーターは変わり者」、「仕事はある。探す努力が足りない」「生活保護があるんだから、最低限の暮らしは保証されている」といった意見は、もはや幻想でしかない。それでも今の道をひた走るのか、福祉国家へ舵を切るのか、どちらも困難な道程に違いない。
見えない貧困が姿を表わすにつれ、それを生んだ政治・政府への不信やあきらめが強くなり、「自分でやるしかない」という自己責任論を後押しして、格差を悪い形で拡大させている。自己責任という概念は極めて重要で不可欠なのだが、それは社会の諸条件の複雑さを隠蔽するために濫用されやすい言葉でもある。それを教えてくれる人はそう多くはない。
posted by ysms at 22:05| Comment(0) | TrackBack(1) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月28日

神の存在

「New Scientist」誌でジョン・ミラー教授が2006年に発表したレポートによると、アメリカでダーウィン進化論を信じる人の割合が40%に減少している。この数値は、アメリカ・ヨーロッパ32カ国・日本の中でトルコの次に低い。皮肉にもアメリカの政教分離の原則が、公立学校での天地創造説の教育を禁じたため、原理主義者を闘争へと駆り立てた。反進化論を政治綱領として掲げる原理主義政党の強い政治的アクションにより、理科教育が犠牲となっているとする。
("Why doesn't America believe in evolution?")

『数学者の無神論―神は本当にいるのか』で、著者である数学者のパロウス教授は「神が存在する」という主張を、いくつかの論理のパターンに分類し、反駁を試みる。

1.第一原因論法(第一球を投げるもの)
 物事にはすべて原因がある。その原因とされる物事も、また原因を持つ。原因−結果の連鎖が永遠に続くことはなく、原因を持たない最初の物事がなければならない。そのことを神と呼ぶ。
「なぜ」「それはなぜ」と繰り返し聞く子供に「そうだからそうなんだ」という論理。

2.デザイン論法
自然法則や生命の営みは偶然とすればあまりに複雑で完璧である。何らかの造物主がデザインしたはずであり、それが神だ。人間が存在するために、物理法則がちょうどいい値に微調整されている。その調整をしたのが神だ。

3.存在論的証明
A.神は存在する。
B.この2つの命題はいずれも偽である。

Bが真であれば、AもBも偽である。
Bが偽であるのは、Aが真の場合のみである。だから神が存在する。
といった自己言及的な逆説を用いて論証する。
あらゆることの存在と不在が立証できる。

4.めぐりあわせ論法や預言論法
偶然を必然とする論法。
911が警察を呼ぶ電話番号であり、9+1+1=11で、9月11日は一年の第254日であり2+5+4=11である。一年で9月11日以降に残る日数は111日である。貿易センタービルは「11」に見え、衝突した最初の飛行機が11便であり、「NewYorkCity」「The Pentagon」は11字である。事件の機種であるボーイング767の767×91×11=767767である。聖書はこれらの出来事を預言していた。聖書にはその暗号がある。聖書は正しい。ゆえに神が存在する。
あらゆる出来事、あらゆる数字に同様のことが可能である。

5.その他、確証バイアスに基づく論法
多くの人が神を求め、神を感じている。だから神は存在する。パスカルの賭け※


進化論的生命観を否定する論理は、造物主による生命のデザインを合理的だとする議論と並んで、進化論が直感的には受け入れがたいことにも起因する。
仮に進化論に従って、生物が現在のように複雑かつ合理的な存在として進化するためには、わずかな確率で起こる突然変異が繰り返し何度もおきなければならない。その全ての確率を考えれば奇跡としか言いようがないという感覚は、直感的には理解できる。

しかし適当にサイコロを10回振って、出た数字の並びが(3、5、2、2、4、1、5、3、6、3)だったとする。この通りになる確率は約6000万分の1なので、後から確率的に見れば奇跡的である。しかし、どのようにサイコロを振っても、毎回、奇跡的確率の組み合わせが生じる。星の数ほどいる男女の中から、ある2人が出会ったのは奇跡だという論理と同じだ。確率論から見れば、あらゆる事象が奇跡的確率の結果だと言える。この倒錯が奇跡の存在を証明するために利用される。
少なからず奇妙なことは、自由市場をいちばん熱心に指示する人々の中に、ダーウィンの進化論に熱心に反対する人々――たとえば多くの根本主義キリスト教徒――がいることである。こうした人々は、自然にできる市場の複雑さは文句も言わず受け入れているが、自然にできる生物現象の複雑さにはデザイナーが必要だと言い張る。(※)


著者は宗教的価値を否定するわけではない。
世界や自然の複雑さに対する畏敬の念と驚きを、「神を仲立ちにしないで」認め続けることを、科学的態度として推奨する。
日本人には自然にのみこめる主張ではあるが、著者も本記事冒頭のジョン・ミラー教授同様、アメリカで「神の存在」が政治的な色彩を帯びて党派性を持っていること、それによって科学教育が後退しつつあることを憂慮している。

ブッシュ政権は科学的根拠よりも神の啓示を優先してイラク戦争を開始した。ロン・サスキンドが「1%ドクトリン」と名づけた、1%の可能性があるならそれが起こるものとして行動してしまう原理は、「パスカルの賭けと同じく、信じないことから得られる結果のマイナスが大きいことが、確率が小さいことを上回り、行動の期待値の方が、行動しないことの期待値を上回ることを確実にするのである」という行動経済学のテーゼに行き当たる。
これは、本書が論じる、神の証明のための、確率論の倒錯による奇跡論や、自己言及的な閉じた論理が生じる心理と同じ地平にある。
「神」の存在は、人が科学的合理的意思決定を見失う心理・論理パターンの歴史的な蓄積と言っていい。



※「根本主義」はおそらくfundamentalismの訳。「原理主義」ではない理由は不明。

※パスカルの賭け
1.神を否定して行動したら、神がもし存在する場合、永遠の責め苦を味わうが、神が存在しなければ、一時的な喜びを得られる。
2.神を信じて行動したら、神が存在しなくても失うものはないが、神が存在していれば天国で永遠の至福を教授できる。
3.だから神の存在を認めたほうがいい。


posted by ysms at 23:00| Comment(7) | TrackBack(1) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月12日

教祖の建築

『にほんの建築家 伊東豊雄・観察記』
では、伊東の特徴を70年代という時代状況の特性に見出す。
伊東に続く世代、たとえば80年代にキャリアをスタートさせた隈研吾や竹山聖ならの世代なら、バブル経済のおかげで独立したその日から仕事にありつけた。ところが70年代に独立した建築家たちは、60年代の国家的事業の波には乗り遅れ、80年代の豊かな経済はまだ来ないという、深い谷間にひょっこり出てしまったようなものだった。国家的建築への熱も、メタボリストたちが大騒ぎした万博が「たったあんなものか」という落胆の中で閉幕して急速に冷めた。

伊東と同じ1941年(昭和16年)生まれには、安藤忠雄、早川邦夫、六角鬼丈、長谷川逸子らがいた。昭和16年組には、丹下、磯崎といった大文字の建築家とは明らかに違うスタンスを取っていた/取らざるをえなかった。

70年代末の磯崎は、昭和16年組に手厳しい。
親戚や知り合いからの依頼にばかりすがって設計する彼らの住宅を、「近親相姦の家」などと歯に衣かぶせぬ表現で斬り落としていた。この集まりでも、「住宅設計などをやっていても世界の建築界から見るとなんの軌跡にもならない」
槇文彦も同様に『新建築』に厳しい批評を寄せる
「彼らは時に奥深そうなことをいうが、本質的に教祖ではない。そして彼らの施主達もまた時の権力者ではない。金持ちの医者であっても、ナポレオン3世やロックフェラーではない。(中略)しかし野武士たちは芸熱心(デザイン熱心)である。だから常におさおさ自分の芸を琢磨するに怠りない。それが主を持たない彼らの唯一のアイデンティティフィケーションであり、命の糧であるからである」

黒川紀章は、「伊東は感性が豊かだが、ムーブメントにはなっていない」と評し、隈研吾には「戦略性に長けているが心の叫びがない」と難じる。
伊東らの世代には、自ら探し出す以外に信じるに足るルールがなかった。ただ磯崎自身、建築が国家を担うことの疑いを自問し、国家、都市、市民と建築との関係を論じ続けていた。1983年には、自身の設計によるつくばセンタービルが竣工し、これは国家不在をかたちによって示したものとしたが、国のプロジェクトを請け負いながら、造形上の操作だけで反逆するという二律背反に、伊東や石山がケチをつけて応酬する。


70年の万博で、メタボリスト達が躍起になって主張した思想が広告代理店のプロデュースするエンタテインメントに見事に回収される。当時デビューした建築家達はそこに建築の敗北を読み取り、国家と建築の蜜月の終わりを感じたのだろう。その後も伊東は個人の身体、経験に立脚した建築を志向し、住宅から商業建築へと活動のエリアを広げていく。国家から個へ向かう磯崎と個から資本主義へと向かう伊東の交叉は、70年代以降のあらゆる分野で見られる大文字の歴史の終わりに対応している。
posted by ysms at 19:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月01日

技術のフロンティア

『社会起業家という仕事 チェンジメーカーII』によれば、2007年、全米4年制大学卒業生の人気就職先ランキングで、トップ10に史上初めて非営利組織が2つ選ばれた。「Peacecorps」(米政府が運営する途上国ボランティアプログラム)と「Teach for America」(有名大学の成績優秀者が卒業後2年間、貧困地域の公立小中学校教師となるプログラム)である。経済成長が停滞し、格差が拡大すれば、実のところ選択肢が広がる、というより多様な選択肢からキャリアを選択するための基準が増える。

視覚障害者向けのデジタル図書館サービスBookshare.orgや、人権侵害情報管理システムのMartus.orgを運営するBENETECHを運営するジム・フルクタマンは、シリコンバレーの盛衰を見た。「あの頃、ここの連中はみな自分も明日、大金持ちになれるかもしれないと浮かれきっていた。でも幸い、バブル崩壊が連中を現実に引き戻してくれました。大金持ちになれるのはふたりにひとりというバブル当時の感覚が、500人にひとりという元の感覚に戻ったんですよ。そして周りを見回すと、新興ビリオネアのほとんどが実力よりも運に左右されている」

ワシントンDCで移民送金の滞留資金をマイクロファイナンスに結び付けている枋迫篤昌は、東京銀行入行後のメキシコ赴任で極貧の人々を目の当たりにして、貧困を金融システムで解決することを決意する。政治経済の不安なパナマ赴任では何よりも素早く対処することを学び、ワシントン赴任ではワシントンのインナーサークル独特の英語とMBAを取得する。彼がマイクロファイナンス・インターナショナル・コーポレーションを設立したとき、メキシコ赴任から20年が経っていた。
「世界銀行などは貧困削減をスローガンに掲げますが、私にとっての貧困は、『極端なうつ症状となり、人間として一切の生産的意欲をもぎ取ってしまう精神的伝染病』なんです。一刻も早く適切な治療をしないと、人間として最も大切な知的生産性という命を完全に失ってしまう。対応を1日延ばしにすることは、何百万もの人を見殺しにしているに等しい。私はよく、国際機関の人たちに言うんです。『あなたの対策が1日遅れたせいで、昨日あなたが見た人たちはもう死んでしまっていて、毎日新しい貧困層が生まれているんですよ…』と」

社会起業を軌道に乗せるのは通常の起業よりも困難なので、強い使命感に加えて適切な戦略と高度なテクノロジーが欠かせないということ、つまり優秀な経営者でなければ社会起業の成功はないという当たり前のことを、本書は雄弁に語る。IT、金融、法律など、ひたすら進化を遂げた各テクノロジーのフロンティアでは、いま「最高・最先端」が「最弱の者」のために開発・利用されるという新しい価値観が胎動している。
posted by ysms at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月13日

検閲・花・実生

Iosseliani.jpg Iosseliani2.jpg

オタール・イオセリアーニの映画は、酒と歌と人間の愚かさ全てを愛し、政治やイデオロギーを無視し続ける。イタリアやフランスの映画のようでありながら、イオセリアーニは旧ソ連ゲオルギア(グルジア)の出身。ゲオルギアで撮った映画は全てソ連では上映を禁止された。
社会主義を批判したわけではないのです。わたしがゲオルギアで撮った映画は、何かに反対している映画ではない。社会主義の存在を無視した映画だったのです。反ソヴィエトではなく無ソヴィエトだったわけです。(中略)だから、これらの映画は、別の時代になっても見ることができる。批判も何もない、そこにあるのは、人生の息吹き、生きることの息吹きだけです。
ひとつ重要なことを言います。ソ連には検閲がありました。検閲にたずさわっていた人たちは、ソ連のイデオロギーに対して、ゲームの規則に対して、屈服した人たちを全く尊敬していませんでした。むしろ、ソ連のゲームの規則に屈服しなかった人のほうを尊敬していました。最終的にわたしの映画はすべて上映禁止になりましたが、そのくせ検閲官たちは「映画をつくりつづけなさい」とわたしを奨励してくれました。わたしも検閲官たちも、ほとんど平等に、それぞれが圧力にあえいでいたのです。検閲官には、正直な映画作家と偽りの映画作家の区別がちゃんとついていました。検閲をするがわも、されるがわも、同じ籠のなかに入れられ、同じような圧力をかける装置の下にいたのです。そうした時代にすばらしい作品をつくれた映画作家は、ゲオルギー・シェンゲラーヤ(『ピロスマニ』'69)、アンドレイ・タルコフスキーら片手でかぞえられるだけしかいません。(「芸術新潮」2007年11月号)


posi_01.jpg
花と、面白きと、珍しきと、これ三つは同じ心なり
『風姿花伝』「第七別紙口伝」


建築用材で使うなら、それはもう文句なしに実生のほうがいい。製材店で売っているものでも実生か植林かの違いは、年輪の見える木口を見て、目の詰まり具合(年輪の幅)を観察すれば、だいたいわかります。
実生は、自然界の大競争を強いられますから、成長に時間がかかっています。だから年輪の幅が狭く詰まっています。植林のほうは、下草を刈られ、日当たりよく育つので、成長が早く、年輪の幅が広い。目が粗いのです。『宮大工の人育て』菊池恭二著

実生(みしょう):植林ではなく自然に実が発芽した天然木。欅などの広葉樹は植林できず実生となる。
posted by ysms at 03:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月12日

意識と脳死についてメモ

池谷裕二の『進化しすぎた脳』によると、蚊が人を刺すことや、ハブが人を噛むこと、カエルが目の前を動くものを食べようとすることなどは「意識」によるものではない。あるインプットに対して自動的に決まった反応をするだけでは、意識ではなく反射に近い。では何が「意識」を規定するのか。
まず表現を選択できることだという。例えば蚊は二酸化炭素と温度に反応してその対象を刺すが、刺すか刺さないかを蚊が選択できるのであれば意識である。また選択にあたっては対象の情報(蚊の場合は二酸化炭素と温度についての情報)を、選択する短い時間は記憶する必要がある。また選択はランダムにではなく根拠に基づいて行われる必要があり、根拠が存在するためには過去の記憶・経験から選択の根拠を生み出す可塑性が必要である。つまり意識がある状態とは、短期と長期の記憶に基づき選択可能な状態である、と池谷は規定する。

脳死臓器移植をめぐる論点は多数あり、脳死判定基準自体も議論の対象となっているし、脳死判定から臓器移植へ至る医療現場の制度運用にも多くの課題があることが報告されている。中でも反対派の論拠の一つは、「脳死(と判定された)患者に意識が残存している可能性がある」というものだ。

例えば小松美彦の『脳死・臓器移植の本当の話』では、脳死判定患者の臓器摘出時におけるラザロ徴候(手足が動く反応)や血圧上昇、頻脈などの事例を挙げ、現行の脳死判定基準では意識を不可逆に失った状態であると判定できないとする。あるいはそれらの反応が純粋な脊髄反射であったとしても、そのような「あまりにも人間的な動き」が発生する状態を人の死の基準とした場合、感情レベルで納得できるのか、と問いかける。
小松の著作は医学的な死の判定と感情的な死の受容にまつわる議論が混在していて、全体が情緒的な印象があるし、伝聞情報や、新興宗教系出版社の雑誌記事を反例として使うなど語り口の偏りが気になるが、一貫して脳死臓器移植反対の立場から、脳の機能を医療現場が測定しうる限界を示しているのは興味深い。

池谷の本に戻れば、交通事故で植物状態になった患者に対してfMRI(脳の活動の測定方法の一つ)で測定した結果が2006年のサイエンス誌に報告されている。
患者に、意味のない文字の羅列と、意味を成す文章をそれぞれ聞かせた場合、意味のある文章を聞いた時だけ、健常者が反応するのと同じ脳の部位が反応を示した。また患者に「テニスをしているところを想像してください」「自宅の部屋を歩き回っているところを想像してください」と質問したところ、それぞれ健常者と同じ脳部位の反応がみられた。ただしこれをもって「意識がある」とする論文執筆者に池谷は同意しない。意識の存在を示すには、前述したようにあくまで選択可能な状態であることが必要であり、あるインプットに対してある特定のアウトプ
ットを返すだけでは、それが意識だとは断定できないとする。
しかし池谷の言うように選択ができたとして、その選択もアウトプットであるから、ある条件に基づき機械的に選択される状態であれば反射であり意識とは言えないはずである。ある根拠に基づく選択は、その根拠が明確であればあるほど、インプットとアウトプットが一意に対応することになる。結果、ある表現を選択したとしてもそれが意識による選択か反射の結果かは立証が不可能となる。いずれにせよ意識の定義は科学者の間でも意見が分かれており、おそらく反射と意識は独立した反応ではなく、連続的な機能であって、人間はあるレベル以上の複雑な反応を意識と定義するしかないし、経験的にはそうしているのだろう。

死の定義も、同じように連続的な生から死への変化をある段階で切り取って定義するしかない命題である。池田清彦の『脳死臓器移植は正しいか』で論じられているように、判定基準の医学的妥当性以前に、死はそもそも生物学的な意味では判定不可能で、生物は連続的に死んでいく存在である。しかし、人間社会はあるタイミングで人の死を特定しなければならず、ある種の「見なし」によって死を同意し受け入れるものである。そこで現在の社会で最も納得感のある「見なし」が心臓死であるというだけだ。
人の死を判定するタイミングを、心臓死(および三兆候による判定)から、その手前の脳死まで引き戻そうとるす本質的な動機は、「意識の死が人間の死である」という脳への理解ではなく、臓器提供をするために三徴候死では間に合わない、という医療サイド(レシピエント−移植医)のニーズと思われる。

しかし現段階の脳研究では、ドナーの意識の有無を完全に測定する方法を持ちえていない。現行の脳死判定基準で判定される脳死では、意識(小松の著作では、脳幹における覚醒と大脳皮質における認知機能のこととされている)か完全、不可逆に存在しないことを立証できない。
そもそも、意識がいかなる条件に基づいて成立するのかという議論自体が収束しておらず、その状態で医療現場で脳死判定を行うのは、制度が研究を越えて一人歩きしていると言わざるを得ない。ならば研究成果よりも先行して脳死患者から臓器移植を行う是非が問われなければならないし、それでも社会的に有意義な制度だったとしても、研究を超えて制度運用がなされている状況を踏まえて私たちはドナーカードの保持について意見表明しなければならない。現在日本では臓器提供について「NOでなければ同意」と見なすコンセンサスができつつあり、「死の自己決定」を強いる息苦しい社会に生きている。

もっとも、脳死臓器移植制度は、脳と意識についての問題以前に大きな課題を抱えている。現実的にはガイドラインに規定された手順での脳死判定と臓器摘出は困難であり、ガイドライン違反も不問に付される可能性が高い。
また、放置すれば脳死となる脳障害を負った患者に対して、治療ではなく臓器移植準備を行う可能性がある。脳低温療法など最新の治療による回復の可能性に賭けるよりも、ドナーカードや家族の同意があれば治療に優先して臓器移植の準備を行って、患者の死期を早めてしまう可能性がある。さらに、無呼吸テストなど脳死判定方法自体が脳障害を負った患者にとって大きな負担になり、脳死に至らない重度の脳障害の患者が、脳死判定によって脳死する可能性もある。

資本と権威を持つ集団(富裕層、大企業、医療機関など)が実現を求めることは、いずれ実現する。臓器はドナーとレシピエントの数が対応しない圧倒的な希少財であるから、犯罪の温床になりやすいし、公正な市場が成立しにくい取り扱い困難な財で、本来市場に投下されるべき財ではない。しかし財政の逼迫する日本では、経済合理性に基づいた要請に対して、倫理に立脚して抵抗することはいずれの領域でも困難で、脳死や尊厳死においても、一般市民には「高額で難しい治療よりも死」を社会が無言で要求し、一方で「富裕な人のみが受けられる先端医療」が「医療のフロンティアを切り開く」美名のもとに確立している。
人の死が「社会的コンセンサスによる判定」から、「自己決定と自己責任」の領域にシフトしている。日ごろから死について考え、自分の死に方を決定し表明し続けなければいけない社会が幸福な社会と呼べるのかわからないが、もはや避けられない道であることは疑い得ない。


  


posted by ysms at 04:39| Comment(1) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月03日

傷との対話

矢吹晋著『激辛書評で知る 中国の政治・経済の虚実』はひどいタイトルだが、中国経済論の泰斗による鋭利な中国論。江沢民が毛沢東やケ小平以上に苛烈な反日スタンスを貫いたルーツは何か。江沢民はゲリラ活動家の叔父が死んだ後、その家の養子に入ったとされている。しかし彼はピアノの腕を自慢していたが、ゲリラ活動家の未亡人宅の養子に入ったら、ピアノを習う余裕などないはずだ。そもそも本家の次男が、本家の六番目の弟である妾腹の叔父の後を継ぐ必然性がない。中国の慣習からも考えづらい。ではなぜフィクション臭の強い養子説に固執したのか。

江沢民は、「革命の犠牲者の養子」だと強調しているわけだが、彼自身はブルジョワの息子である。祖父は揚州と南通を結んでいる汽船会社の副社長格だった。父親もその会社の幹部だった。これは何を意味するか。日本の旧支那派遣軍が占領時の大陸でまず押さえたのは、そういう輸送会社であったはずだ。抗戦のために重慶側に逃れたという話はないので、日本軍占領下の揚州・南京地区にとどまったことになる。遺憾ながらその実証はまだできないけれども日本軍に協力していた可能性を否定しにくい。江沢民はそこから生ずる漢奸問題を非常に気にして、ことさら「反日ポーズ」をとらざるをえないのではないか、というのが私の推測である。


スターリンも「裏切り者」の過去を記録したオフラナ・ファイルの存在に生涯悩まされ続けた。権力者の攻撃の対象は敵ではない。「傷」への自問自答が他者への攻撃として実体を持ち、しかも傷は決して消えない。独裁者は誰とも対話しない。自己の傷、コンプレックスとの闘いこそが独裁の源泉であり崩壊の予兆である。
posted by ysms at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月02日

人類学者の終戦

終戦当時小学5年生であった川田順造少年は、教科書に墨を塗る。深川の商家の娘である母と婿養子の父は歌舞伎、新派、長唄を愛し、家は反戦というほどでもない現世享楽型の厭戦家庭であった。下町育ちの音の感覚と、終戦によって既存の文字教育が簡単に否定・消去された経験が、少年を口頭伝承の研究へと向かわせる。
墨を塗りながら、子ども心におもしろく思ったのは、新聞雑誌の訂正広告と同じで、ああここが具合が悪くなったのだなと、かえってはっきり分かり、印象づけられたことだ。同時に、墨を塗ればなかったことになるというのも、なんだか不思議だと思った。これはやはり、「文字に記されている」ということに、異様な価値を与える文化が生む思考であろう。中国政府が、日本の歴史教科書に「書いてある」「書いてない」に極度にこだわるのも、漢字文化圏の、日本の先生であるなら、そして文字に書いてあるかないかということしか、明白に押さえられる証拠がないから、仕方がないといえるのかも知れない。実際には、生きた子どもというのは、教科書に「書いてあること」だから、そのまま真実だと思うほど単純ではない。文字に書かれたことにこだわりすぎるのは、文字をそのまま反映して考え、動く主体性のないロボットのように、生徒をみなすことに通じかねない。
 この体験をしてから十七、八年後には、私は西アフリカのサバンナで、「文字を必要としなかった」人たちの、豊かな声の表現の世界や、歴史意識や太鼓ことばの研究に没入しはじめる。絶対に墨を塗れないし、「なかったこと」にもならない、このサバンナの声と口伝えの世界。七〇〇話ほど私がライブ録音した、乾季の村の夜、夕餉の後の熾火のまわりに皆集まって、昼の秩序では抑圧されている「女、子ども」が中心になって、実にきれいな声で生き生きと語るお話でも、現実の世界で威張っている王様は、例外なく、からかわれ、だまされ、過激なものでは日本の昔話の「俵薬師」と似た筋で、沼に放り込まれてしまう。(「日本を問い直す」、「現代思想」2008年3月号


とてもとても美しいので見つめるたびにもうすっかり嬉しくなってしまうような娘の隣りに坐って、借りもののジープでニュー・メキシコ州を走る、人生はそういうふうに単純なのだ。

もし、人間にはちょっとした思いやりが必要だと考えないですむのなら、この話はおかしな話だ、といえるのだろうが、でも、ほんとに、ちょっとした思いやりを探し求めて人々が経験しなければならないくだらなさは、ときに、もの悲しい。

『芝生の復讐』リチャード・ブローティガン著
posted by ysms at 02:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月23日

eine Flaschenpost

「自分自身の苦しみより他人の痛みにより深くかかわること」、これが収容所にあって人間性を保つための最善の道だと思う。英雄的にふるまうといった気負いではなく、自分を守ろうとする本能がそうさせるのだ。自分自身のことで頭がいっぱいになり、他人の問題を気づかう能力を失うことは、すべてを失うのとおなじである。
『強制収容所へようこそ』イリーナ・ラトゥシンスカヤ著

ゴルバチョフ政権下、女性政治犯の収容所生活の記録。病気の仲間を治療せよとハンストするが、ハンスト破りの人も受け入れる柔軟さが、スターリン時代の男性政治犯とは一線を画す。絶望的な状況でも必ず日々の生活があり、生活にはルールと知恵が求められる。運命が悲惨であるからこそ、生活を大事にしなければ、精神の自由は得られない。

『サラエボ旅行案内―史上初の戦場都市ガイド』は、砲弾が飛び交うサラエボの街と市民の暮らしを、ミシュラン風のガイドブックの形式で紹介する。
ダートゲーム
1992年4月5日のこと、この街の周囲に260台の戦車、120台の迫撃砲、数えきれないほどの対空機関砲、狙撃用ライフル、その他の小型銃が出現した。(中略)いつでも、どこからでも、お望みの火器で、市内のどの場所でも狙い撃ちすることができた。そして実際、彼らはそうした。

現代サラエボ市民
彼らなら最新のダイエット法について本が書ける。唯一必要なのは街を包囲させること――シェイプアップの秘策はそれだ。

メガネ屋
フレームの値段はあまり高くない。けれども近頃メガネのレンズを買いにくる人はいない。メガネをかけると、なにもかもよく見え過ぎるからだ。

みやげ物
一番喜ばれるのは爆弾の破片である。それは歩道の上、道路の上、バルコニー、アパートなどいたるところで見つけることができる。

レクリエーション
ランニング

サラエボ市民にもっとも愛されているスポーツ。誰もがこれを実践している。危険地域の住民たちがそうするように、交差点はどこも走らざるをえない。

子供の遊び
街に発射される手りゅう弾の数をかぞえること。

市内郵便
サラエボは分断されているので、手紙が別の地区に住む人びとに着くには、国外郵便と同様の経路をたどることになる。分断された地区から別の地区へと手紙が届くのに45日以上かかることもある。伝達手段は赤十字だけという地区もある。そんなときはわずか数百メートルの距離を行くために、手紙はジュネーブまで飛ぶのである。

sarajevo2.JPG

砲撃をかいくぐりながら、新聞記者は路上で新聞を売り、学校の階段で授業をして、アーティストは半壊の赤十字ビルで個展を開き、ビデオで映画を上映し、ソンタグは「ゴドー」を演出する。
戦乱による多くの喪失の中、文化が生き残った。文化は、自分たちが今どこにいるのか、これからどこに向かおうとするのか知るための、国連防護軍の情報よりも正確な指針だ。文化の残滓は、絶望ではなくユーモアによって支えられている。怒りを笑い飛ばし、憎しみをからかいながら、レーニンの本を燃やして暖を取り、公園のイラクサでパイを作る。
空腹を満たさず、暖を取ることもできない、そんな無駄で非合理な何かに絶望の淵から情熱を投じることができる。それを品格と呼ぶのだろう。本書を世界に届けたのはそんな力だ。
posted by ysms at 04:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月22日

空気なんか読むな


考えてみると、僕には夢がない。あるのは予定だけだ。文章を書いたり写真を撮ったりして、それを本にするのが僕の仕事だが、こころの中には作りたい本がまだ2、300冊はあって、それを実現しやすい順番にこなしているだけの生活である。

時代錯誤で、ダサくて、儲からないのがわかっていても、どうしても書きたい・撮りたい作者がいて、これを出版しなければいけないと思う版元がいて、それを買わなきゃならないと思った都築が紹介する、世にも幸福な反KY書評集。
自宅で夕食会というとき、それが金持ちの家だったら「友達も連れていきたいんだけど」と言っても、用意がないからと迷惑がられるだろうが、貧乏人だったら「いいよ、みんなでわけよう」ということになる。なにかを差し出すことができるのは、いつでも、持たざる人たちだ

都築響一は、現代の宮本常一だ。「リアル」を求めてあらゆる場所を旅する。
日本だけではなく世界中、あるいは書籍の中にも偏在する「リアル」を求めて旅をする。
音楽評論家が「日本語は果たしてロックに合うのか」と議論する間にも街には流行歌が流れ、教育崩壊を識者が叫ぶ最中も、識者の知らないヤンキーのリアルが、「ティーンズロード」の誌面にはある。
それでどこがいいんですか、と言われると困ってしまうけれど、僕にはこれをパラパラめくって笑って小馬鹿にして終わり、で済ませてしまうことはとてもできない。クラス・メートに馬鹿にされ(深刻ないじめの手記も多い)、教師に嫌いぬかれ(セクハラや体罰の相談も毎号たくさんある)、家庭でも除け者にされた彼女たちのナイーブで脆い心情、似合わない強がりのほころびから滲み出るハッとするほど純粋な感覚、そしてクールでクレバーな処世術を体得する器用さに欠けた彼女たちが、やすらぎを見つけられるのはストリートにしかないという現実、そんないろいろなリアリティが、これほど濃密に詰まった雑誌を僕は<ティーンズロード>の他に多く知らない。
 こうした雑誌が図書館に置かれることはあり得ないだろうし、彼女たちが図書館に来ることも同じくらい少ないだろう。でも、いつもそうであったように、いまも現実は本の中ではなくストリートの上にある。ストリートの上を走っている。<ティーンズロード>は僕に優越感ではなく、しばしば痛みをともなった反省と、そのあとでやってくる勇気とを与えてくれる、貴重な存在なのだ。

ビジネス誌に載る必読書を読んでスキルを磨く大人になんかならなくていい、オシャレ雑誌で紹介されるデザインや旅やマナーの本も読まなくていい。誰にも評価されなくても本当に読みたいものだけを読む、時代の空気など読まずに本を読む本バカの大人になろう。そう思える、勇気の出る一冊。

酔った勢いで友人と交わした約束に従い、冷蔵庫と一緒にアイルランドをヒッチハイクで一周するという、かなりバカげた記録である『Round Ireland with a Fridge』(Tony Hawks)を取り上げて、
 トニーの言うとおり、人にはだれでもいちどは「バカげた行為に走るチャンス」がやってくるのだろう。たぶん唐突に。歳をとるということは、「分別」を身につけるプロセスでもあるわけだが、何歳になっても目の前に突然あらわれる「素晴らしくバカげたアイデア」に飛び込める、無分別という名のエネルギーを持ち続けられたら、人生はずっと楽しくなる。
 オトナたちは、いまの子供は昔にくらべて分別が足りないとか、我慢が足りないとか、いろんなことを言う。でも昔よりずっとおとなしい、あるいは「おとなしくさせられている」子供だって、ずいぶん多い。分別だけは一人前の、そういう若年寄たちを眺めるたびに、僕は哀しくなる。分別じゃなくて、無分別を教えておげられるオトナでいたいと、痛切に思う。

tony.jpg

posted by ysms at 03:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月03日

ブリヌィの味を知らない場合

bliny.jpg

亀山郁夫による『カラマーゾフの兄弟』の新訳は、異例の売れ行きを示しているという。すぐれた新訳を獲得したことで、学生時代に挫折した団塊世代が手に取ったという要因以外にも、村上春樹が折に触れてこの作品へのリスペクトを語っていたこともあるし、亀山氏のこれまでのソビエト−ロシアについての著作がソビエト研究者以外にも確実に支持者を広げてきたということもあるが、何より日本人の古典熱、読書欲は、昨今「本を読まない」と識者が嘆くほどには衰えていないということであろう。

沼野充義が、この新訳のリーダビリティについて「あえて」批評を加えている。(「UP」08年2月号「薄餅とクレープはどちらが美味しいか?」)
「さあ、話はこれぐらいにして、あの子の供養に行きましょうよ。あんまり気にせず、クレープを食べてくださいね。ずっとづついているよい習慣なんですから」アリョーシャは笑いながら言った。(第5巻、P63)

この「クレープ」の原語は「ブリヌィ(bliny)」である。作り方はクレープに近いが、「味わいも、宗教的・文化的意味も、クレープとはぜんぜん違う」。ナボコフもこの違いを力説していた。先行の訳では、米川正夫は「薄餅」に「プリン」とルビを振り、小沼文彦は「パン・ケーキ」、原卓也は「ホット・ケーキ」と訳した。いずれも日本人の世界観におけるブリヌィの近似的な置き換えである。

沼野は大江健三郎の近著『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ』を取り上げる。表題であるポーの詩「アナベル・リィ」は日夏耿之介による、ほとんど創作と言える異様に古風で難解な訳文(例えば「揩スし」の原文は単にbeautifulである)に、翻訳の一つの可能性を見出している。日夏が、ポーの「.....the wind came out of the cloud, chilling/ And killing my Annabel Lee」というシンプルな原文を「油雲(いんうん)風を孕みアナベル・リィ/そうけ立ちつ、身まかりつ」と訳した反現代性や、大江がエリオットの「what! are you here?」を「なんだ、君はこんなところにいるのか」と訳すときに現れる、自然な日本語の会話の規範からの微妙な逸脱が、使い慣れた日本語を異化する機能を果たす、と。

もちろん日夏の訳文はあまりに特殊で一般化できないが、沼野は翻訳が持つ3種類のストラテジーを分類する。
1.翻訳先言語に商店を合わせ、異質な要素を翻訳先の文化の文脈に適応させる(『カラマーゾフの兄弟』の「クレープ」)
2.翻訳先にとって異質であってもあくまで原語に忠実を目指す(学者の翻訳に多い)
3.1と2の両者の間に立って、第三の原語を作ろうとする媒介的な翻訳(ベンヤミンが言う「純粋原語」に近いもの)
のうち、世界文学は3で展開されるべきであると締め括る。


一般的には、かつてドナルド・キーンが太宰治の『斜陽』に登場する「白足袋」を「white gloves」としたような、1.のパターンが名訳として称揚される。翻訳先の世界観で近似的な存在のものに置き換えることで原文の世界観を受容しやすくする技術はたしかに必要であろうが、外国文学を読む一つの意味である、原文の、つまり外国の世界観を知る機会を逸している。
個人的には「ブリヌィ」や「白足袋」のまま、その文化的な意味についての注釈があるのが望ましいが、造本コスト、リーダビリティをどこまで犠牲にするのか、そして第三の媒介的言語は、単に第一と第二の対立を超克するという目的で生まれた理念的な存在ではなく、現実的な翻訳技術として成立しうるのか、その困難さを想像せざるを得ない。
posted by ysms at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月27日

ミニマリストの誕生

レイモンド・カーヴァーの短編「愛について語るときに我々の語ること」は、カーヴァーの原稿に編集者のゴードン・リッシュが大幅に手を加えて出版されている。元のカーヴァーの原稿にリッシュがどのように手を加えたのかが、ニューヨーカーのサイトで読める。
編集者が手を加えるのは珍しくないが、主人公の名前もストーリーも変えられており、何より大部分の描写が大胆に削られているのには驚かされる。アメリカのプア・ホワイトの代弁者、"ミニマリスト"カーヴァーの文体は、リッシュがカーヴァーの説明的描写を削った果てに生まれたものだったのがわかる。

NewYorkerOnline カーヴァーの原稿とリッシュの編集

ミニマルで反復的な文体は、カーヴァーが後に血肉とするのだろうが、カーヴァーの才能を見出したリッシュが主導して、カーヴァーの魅力を最大限発揮できる文体を共同作業で作りあげたプロセスがわかる。

“Well, Nick and I are in love,” Laura said. “Aren’t we, Nick?”

“Well, Nick and I know what love is.” Laura said. “For us, I mean” Laura said.


“I’m not on call today,” Herb said. “I can do anything I want today. I’m just tired, that’s all.”

“I’m not on call today,” Mel said. “Let me remind you of that. I am not on call.”



“This is nothing to joke about,”

“Where’s the joke? ”


こういう細かい文章の改変だけではなく、リッシュは結末を変更してラスト数ページを削除している。
posted by ysms at 14:14| Comment(0) | TrackBack(1) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

生き延びた者の記憶

boltanski4.jpg

クリスチャン・ボルタンスキーの父親はユダヤ系で母親はキリスト教徒だった。父親はナチ占領下のパリ、妻と喧嘩をして家出したふりをして、家の床下の小さな空間で一年間を過ごした。現在でも一人で外出することはない。解放後まもなく生まれたボルタンスキー自身も戦後18歳まで一人で外を歩いたことはなかった。家族は必ず同じ部屋に寝ていた。
ボルタンスキーは幼少期、病的なほど無口で、いつも部屋の片隅にじっとしていた。学校へ行ってもすぐ抜け出してしまい、先生が町を探し回る。やがて知能障害と判断され特殊学級へ入る。
今では「陽気なおじさん」として会う人から評されるボルタンスキーであるが、作品は幼少期に家族で共有した決定的な外部への恐怖によって支配されている。記憶と忘却をめぐる問いを、忘却に抗うことよりも、記憶の不可能性に立脚して見るものに提示していく。
ひとつだけ永遠に続いていくものがあるとすれば、それは言葉で伝えられる物語だけだと思います。だから私はむしろ、何年か先にあの作品がなくなってしまった後に、ある種のうわさが残ることのほうが重要だと思います。昔ここにパリのアーティストの心臓が転がっていて、夜な夜な鼓動が聞こえてきた、とね「芸術新潮」2007年1月号インタビュー

boltanski.jpg


posted by ysms at 00:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月18日

孤独について

gould2.jpg   gould.jpg

『グレン・グールドとの対話』

ラジオというメディアに興味を覚える理由を訊ねられるグレン・グールド。

そのことはできるだけわかりやすく扱ってみたいね。大きな問題だし、重要な問いでもあるから。効果的比率についてはわからないけれど、いつも直観的に把んでいることは、他人の集団と過ごす一時間ごとに、人は掛けるX倍の一人の時間が必要なんだ。そのXの数字はなにを表すかじつのところわからないが、たぶん2+7/8か7+2/8とか、はっきりした比例だ。ラジオは、ともあれ、子供の頃からの非常に身近なメディアで、ぼくはぶっつづけに聴いているね、そう、ぼくにとって壁紙みたいに、ラジオとともに眠り、ラジオがないと睡眠不能になってしまう、ネンブタール(睡眠薬)をやめてからね。(笑)
(中略)
人間が孤独の存在であるという仮説と、四六時中ラジオをバックに流して安心するという事実間にある矛盾をそのまま認めることをやった覚えはない。つまり、先週ぼくらはラジオの持つ純粋に物理的能力を話題にして、精神障害を除く力、そして例としてベートーヴェンのピアノソナタ第三〇番作品一〇九について語り合った。ムザクのようなBG音楽を聴いて動転しまうような人間をぼくは理解できかねるね。ぼくならエレベーターを無限に上昇下降させて聴いても邪魔になんかならない。どんなに間抜けなしろものでも平気だ――識別能力ゼロだから。


グールドは、自分の孤独すらもユーモアをもってコントロールしようとする。腎炎によって、知人が一人もいないハンブルグでじっとしていた一か月が、「人生最良の月、いろんな意味で、正しくもっとも重要であり、もっとも孤独であったゆえに最良の一か月」だっと言う。

一種の精神の高揚があった――このコトバを使うには慎重なんだぜ――ある特別なひとりぼっち感があるときのみ使うコトバでね。ほとんどの人たちが知っていても認めないある体験。確かに思えるんだ、ときおり、ぼくらは大抵、仕事かなにかのプレッシャーでつながりを失ってしまっている。でも、どこかにそのバランスを取りもどそうと試み、さっきいった比率を再建するものなのだ。そして遅かれ早かれ、ぼくは暗黒の一冬を過ごすだろう、そういう確信がまたある。
posted by ysms at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月10日

尊厳死について

現代思想 vol.36-2 (36)」2008年2月号
対談「尊厳死をめぐる闘争」における、科学史家小松美彦氏から日本尊厳死協会副理事の荒川迪生氏への、尊厳死の法制度化批判の論点。

●国家が国民の死を合法的に掌握し、特定の死に方のみを承認することになる
●法律の存在によって、かえって議論がなくなり、安易な延命装置外しが行われるであろう
●協会の言う安楽死と尊厳死の区分が国際的に一般の整理とは異なり混乱している。動機と方法の区分が曖昧である
●「不治かつ末期」という条件は、実は「末期」だけがポイントになっている。その場合植物状態は仮に不治であっても末期ではなく、定義から外れる
●植物状態で意識を確認する手段がなくても、「意識がない」と結論付ける科学的根拠はない。脳波がない=意識がないとも決められない
●ヴァチカンは04年に経管栄養と水分補給は通常医療に他ならないと規定した
●植物状態で、仮に本当に意識がない人がいたとしても、そういう最弱者こそ守られるべき
●リビングウィルは変更可能なはず。脳死状態や植物状態では変更もできない
●射水市民病院の人工呼吸器抜管では、臨床的脳死診断を行わずに脳死状態と宣告する杜撰な診断であったことが中島みち氏によって報告されている。にもかかわらず当該医師の復帰署名運動を協会が組織的に展開した(荒川氏は否定)
●自己決定権は普遍的・絶対的な原理ではない。そして、尊厳死の法制化について自己決定を条件にするのは、個人に限定して認めるようで実は社会的に認めるという論理的な離れ業でである
●尊厳死は結局医療を介して死をコントロールしている以上、自然死とは言えない
●身体については自己決定権が最優先されるというアメリカ型の人権概念、身体観を基礎としており、社会秩序の維持のためには人体は当人からも保護されるべきというヨーロッパ的な身体観を無視している
●1939にナチスドイツで協会の主張する尊厳死とほぼ同等の安楽死法案が作られていた。次いで自己決定能力のない人々は代理決定も可能とし、知的障害者への大量安楽死が行われた。
●歴史的にみて、自己決定権を基礎とする尊厳死法案は、必ずやそれを外そうとする動きがおきる
●協会の前身である日本安楽死協会の太田典礼氏は、優生保護法の制定に寄与した第一人者であり、精神病者や寝たきり老人を安楽死の対象に検討したようなナチス的人物である
●認知症は末期ではなく生きようとしている以上尊厳死の対象にはならないとした以上、同じ理由で植物状態も対象になってはいけないはずだが、協会は対象に含めており矛盾がある
●医療費の本人負担は増え、健康増進法により健康は自己責任とされ、障害者自立支援法によって障害者を切り捨てる国家の医療・福祉の削減潮流の中に位置づけられている。「障害や傷病を持って生きるのは自己責任・自己負担である。無理な場合は尊厳死できますよ」というメッセージである。それは実質的には強制である
●アガンベンは、権力の正体は「ホモ・サケル(殺しても罪に問われない例外者)」を生み出すことであると規定しているそれが、現代において脳死者や尊厳死の対象者である
●意識の有無に関わらず、その人がそこにいるという存在の価値を体感するところに人間の尊厳がある。経済政策の中で存在の価値が有用性の価値に転化してきていることは問題だ
●尊厳死は現行法の中で、訴追の覚悟を持って行うことに尊厳がある

尊厳死という生の尊厳を国家が管理することについては、常に緊張感を持ち慎重に議論するべきであり、拙速な制度化へのブレーキ役は常時必要である。医療の自己責任化に現れている福祉軽視の経済政策と連動した優生学的社会観に対しては常に批判的でなければいけない。
その意味で小松氏の主張には傾聴に値する視点がいくつもあるものの、そもそも生命は何物に対しても手段になりえない、それ自体が目的であり、置換不可能な存在であるとする議論の出発点がアプリオリに存在している以上、どうやっても選択肢を提示し自己決定に委ねようとする尊厳死容認派とは議論が噛み合わない。

小松氏の議論は協会の矛盾点の指摘を除けば、法制度化によって複雑な判断を要する事例に対して安易な延命措置停止がなされることへの危惧、死の自己決定論の否定、経済=有用主義から弱者が切り捨てられる優生学的社会への懸念という三つの立脚点があるが、錯綜している印象を受ける。

小松氏は、ヨーロッパ的身体観では身体は完全に自己のものではなく社会的な存在であるとし、身体に関する自己決定権を最優先に置くアメリカ的身体観を批判する。
だが、その後の発言ではナチス優生学などを批判しながら、社会秩序とは無関係に生命そのものを無条件に守ろうとしている。
小松氏の言うヨーロッパ/アメリカの身体観の対比に従うならば、小松氏の生命至上主義は少なくともヨーロッパ的ではなく社会秩序よりも個人の生命を上位に置く点でアメリカ的身体観と同一であるとされても仕方ない。ここにおいてヨーロッパ的対アメリカ的という身体観の対立そのものがリアリティを失っている。

自己決定権は幻想である』というタイトルの著書もある小松氏が、尊厳死における自己決定権を批判するならば、その決定の主体が医者にある現状を超えてどこに帰属するべきなのか、然るべき説明が必要であろう。

そして、自己決定権は絶対的な原理ではないとする一方で、植物状態や脳死状態の患者について、どのような状態であっても意識がないとは証明できない以上は尊厳死するべきではないとする主張は、植物状態や脳死状態の患者の自己決定権を守ろうとする主張に他ならない。ここでは小松氏が自己決定権を前提として議論している。

また、経済的な自己負担を強いつつ、尊厳死という選択肢を提示して自己決定を迫るという方法は、「実質的な強制」だとする。この主張の背後にも、強制されない自由な状態での自己決定を理想とする自己決定論が明らかに存在している。自由な自己決定は成立しえないとする議論と、身体について自己決定してはいけないとする議論は大きく違うものだが、自己決定権批判のフレームワークの中で区別なく利用されている。

元々、自己決定に替わる決定の主体が不明な議論である以上、決定の主体を明確にした荒川氏の主張に比べて説得力を欠く。

尊厳死の条件への批判および歴史的見地からの運用方法への不安については十分に理解できるが、厳格で限定的な条件を付加した上での自己決定による延命措置の中止について、明確に否定する論拠は現れていない。そして、公益性を害さず他者の権利を侵害しない限りにおいて自己決定を阻止する議論は現代において成立し難い。
但し、尊厳死協会と荒川氏の主張は異なる部分が多々あるようなので注意が必要だ。
posted by ysms at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月29日

記憶についてメモ

エリザベス・ロフタスの実験

1.交通事故の映画を見せ、何人かには「白いスポーツカーが田舎道を走って、農家の『納屋』の前を通り過ぎた時、どのくらいのスピードを出していたか?」と質問をし、別の人達には「白いスポーツカーが田舎道を走っていたときのスピードはどのくらいだったか」という質問をした。
実際には納屋は写っていない。

1週間後、被験者は納屋を見たかどうか尋ねられた。「納屋」を含んだ質問をされていた被験者のうち、17パーセントが「納屋を見た」と答えた。


2.被験者に交通事故の映像を見せ、一週間後に、映像にガラスの破片が映っていたかどうかと尋ねた。実際の映像には映っていない。
ある人たちには「車が衝突(Hit)したとき」と前置きし、別のある人たち「車が激突(Smash)したとき」と前置きして質問した。

「衝突したとき」と尋ねられた人の中で、ガラスの破片を見たと答えた人は14%。「激突したとき」と訪ねられた人たちの中では32%が間違って答えた。



ジャック・リュセラン(フランス・レジスタンス運動の盲目の指導者)
記憶と感情はもろいものだ。力ずくでそれらを押したり引いたりしてはいけない。指先で、夢の先端にそっと触れるだけにしておくべきだ。(『そして、光があった』)


posted by ysms at 03:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月23日

石柱

stonepillar.jpg

ヴァージニア・ウルフの家に、高名な作家が招かれる。
莫大に稼いでいるものの、彼は十分に謙虚だった。

 だが、姉が妹をいじめるときにみせるようなサディスティックな好奇心をもつヴァージニアは、彼を質問攻めにして身ぐるみはがそうとする。ニューヨークの出版社ではどれくらい時間をさかれたか、映画人の場合はどうか、国王は彼に何と言ったのか、スウェーデン皇太子は……彼女に情け容赦はない。
 そして、そのすべてを終えたあとで、彼女はほとんど優しいと言ってもいいような微笑を浮かべて、彼にこう告げるのである。
「ねえ、ジェレミー。あなたを見ていると、私、品評会で優勝したとても美しい牛を思い起こすのよ」
「牛ですか、ヴァージニア?」
 作家は大きく息を吸い込み、どんなことでも受け入れる覚悟で、私に向かって、勇ましくにやりと微笑んでみせる。
「そう、とっても立派な牛。あなたは世の中に出ていって、ありとあらゆる賞を獲得できる。でも、そのうちにあなたの体にはあちこちにいががくっついてしまって、元の牧草地にもどってこざるを得なくなるの。そして、その牧草地の中央にあるざらざらした古い石の柱に体をこすりつけて、そのいがを落とすのよ」
「ねえ、レナード」彼女は夫のほうへ目をやって続ける。「それが私たちのこの世における本当の使命だとは思わない?私たちはジェレミーが体をこすりつける古い石の柱なのよ」
クリストファー・イシャーウッドによるヴァージニア・ウルフへの弔辞(『友よ弔辞という詩』所収)

posted by ysms at 05:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月18日

走り続ける

jogging.jpg

『走ることについて語るときに僕の語ること』村上春樹著

ジャズ喫茶を閉めて専業小説家になった時から走り始めた村上春樹にとって、小説家であることと長距離ランナーであることは不可分の行為である。

 僕自身について語るなら、僕は小説をかくことについての多くを、道路を毎朝走ることから学んできた。自然に、フィジカルに、そして実務的に。どの程度、どこまで自分を厳しく追い込んでいけばいいのか?どれくらいの休養が正当であって、どこからが休みすぎになるのか?どこまでが妥当な一貫性であって、どこからが偏狭さになるのか?どれくらい外部の風景を意識しなくてはならず、どれくらい内部に深く集中すればいいのか?どれくらい自分の能力を確信し、どれくらい自分を疑えばいいのか?


 真に不健康なものを扱うためには、人はできるだけ健康でなくてはならない。それが僕のテーゼである。つまり不健全な魂もまた、健全な肉体を必要としているわけだ。逆説的に聞こえるかもしれない。しかしそれは、職業小説家になってからこのかた、僕が身をもってひしひしと感じ続けてきたことだ。健康なるものと不健康なるものは、決して対極に位置しているわけではない。対立しているわけでもない。それらはお互いを補完し、ある場合にはお互いを自然に含みあうことができるものなのだ。往々にして健康を指向する人々は健康のことだけを考え、不健康を指向する人々は不健康のことだけを考える。しかしそのような偏りは、人生を真に実りあるものにはしない。


jogging3.gif

著者は放っておくと太る体質であることを、「かえって幸運だったのかもしれない」と考える。
体質のぶん日ごろの太らない努力が必要だから、努力の結果として代謝が高く保たれ、健康・頑丈になるという。

 考えてみれば、このような観点は小説家という職業にも、あてはめられるかもしれない。生まれつき才能に恵まれた小説家は、何をしなくても(あるいは何をしても)自由自在に小説を書くことができる。泉から水がこんこんと湧き出すように、文章が自然に湧き出し、作品ができあがっていく。努力をする必要なんてない。そういう人がたまにいる。しかし残念ながら僕はそういうタイプではない。自慢するわけではないが、まわりをどれだけ見わたしても、泉なんて見あたらない。鑿を手にこつこつと岩盤を割り、穴を深くうがっていかないと、創作の水源にたどり着くことができない。作品を書こうとするたびに、いちいち新たに深い穴をあけていかなくてはならない。しかしそのような生活を長い歳月にわたって続けているうちに、新たな水脈を探り当て、固い岩盤に穴をあけていくことが、技術的にも体力的にもけっこう効率よくできるようになっていく。だからひとつの水源が乏しくなってきたと感じたら、思い切ってすぐに次に移ることができる。自然の水源にだけ頼ってきた人は、急にそれをやろうと思っても、そうすんなりとはできないかもしれない。
 人生は基本的に不公平なものである。それは間違いのないところだ。しかしたとえ不公平な場所にあっても、そこにある種の「公正さ」を希求することは可能であると思う。それには時間と手間がかかるかもしれない。あるいは、時間と手間をかけただけ無駄だったね、ということになるかもしれない。そのような「公正さ」にあえて、希求するだけの価値があるかどうかを決めるのは、もちろん個人の裁量である。


才能がない、あるいは才能の足りない小説家であるという自覚が、本書を貫く。もちろん著者の名声は世界に轟いている。だから、むしろ才能がないのだと自覚するために、走ることを続けているようでもある。

その一方で、才能にそれほど恵まれていない――というか水準ぎりぎりのところでやっていかざるを得ない――作家たちは、若いうちから自前でなんとか筋力をつけていかなくてはならない。彼らは訓練によって集中力を養い、持続力を増進させていく。そしてそれらの資質を(ある程度まで)才能の「代用品」として使うことを余儀なくされる。しかしそのようにしてなんとか「しのいで」いるうちに、自らの中に隠された本物の才能に巡り合うこともある。スコップを使って、汗水を流しながらせっせと足元に穴を掘っているうちに、ずっと奥深くに眠っていた秘密の水脈にたまたまぶちあたったわけだ。まさに幸運と呼ぶべきだろう。しかしそのような「幸運」が可能になったのも、もとはといえば、深い穴を掘り進めるだけのたしかな筋力を、訓練によって身につけてきたからなのだ。晩年になって才能を開花させていった作家たちは、多かれ少なかれこのようなプロセスを経てきたのではあるまいか。


いずれにせよ、ここまで休むことなく走り続けてきてよかったなと思う。なぜなら、僕は自分が今書いている小説が、自分でも好きだからだ。この次、自分の内から出てくる小説がどんなものになるのか、それが楽しみだからだ。一人の不完全な人間として、限界を抱えた一人の作家として、矛盾だらけのぱっとしない人生の道を辿りながら、それでも未だにそういう気持ちを抱くことができるというのは、やはり一つの達成なのではないだろうか。いささか大げさかもしれないけれど「奇跡」と言ってもいいような気さえする。そしてもし日々走ることが、そのような達成を多少なりとも補助してくれたのだとしたら、僕は走ることに対して深く感謝しなくてはならないだろう。
posted by ysms at 04:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月19日

撮られる

P9140051.JPG(隅田川の鳥)

ロランバルトは日本人の写真撮影をみて、モダンであることの可能性はこういう行為にあるのかもしれない、と戸惑う。
日本人

 またしても(その午後が陰鬱で、夕闇まで寒々としているにもかかわらず)、年齢不詳の日本人が一人、遠くにくすんだグラン=パレの屋根の方を向いて、コンコルド広場の奥のほうを写真に撮っている。こんな問いが浮かぶ。日本人はいつでも写真を撮影しているが、撮った写真をときには眺めることがあるのだろうか、あるいはどんな儀式のなかでそれを眺めるのだろうか。彼らを夢中にさせるのが撮影の行為であることは察しがつくが、その生産物もまたそうであるかは自信がない。この点で、彼らはすこぶるモダンなのかもしれない。イメージを、捉えおくために、消し去るのだから。『小さな歴史


P9140069.JPG(佃島上空)

中平卓馬は、人々がインドについて幻想的だと語るとき、インドのカースト制や言語による寸断という現実を刺し貫くための視線を曇らされているのだ、と説きながら、急にレイ・ブラッドベリの『日と影』という短編を思い出す。

あるメキシコの片田舎。強い日射が崩れかけた家の土壁に照りつけている。壁にはところどころに亀裂さえはしっている。子供が遊んでいる。そこへセミヌードのファッション・モデルつれてカメラマンがやってくる。モデルにポーズをつけるカメラマン。たまたまそこに遊んでいる子供をカメラマンが見つけ、フレームに入れようとする。突如、リカルドと呼ばれる中年の男が飛び出してきて、子供に家に帰れと言う。カメラマンは当惑しながらも、そのまま撮影を続けようとする。だがリカルドは撮影をなおも妨害しようとする。「おれたちはたしかに貧乏だ。家の壁も崩れかけている。溝も汚れている。だが好き好んで貧乏をしているわけじゃない。おれたちは映画用セットなんかじゃないんだ」。カメラマンはただ撮影するだけだと言い、モデルをつれて少し移動する。そして、シャッターを切ろうとすると、リカルドがズボンをずりさげてモデルの横に並ぶ。「こんなのはどうかね、いいコントラストだろう」。カメラマンは激怒して、警官を呼ぶ。わいせつ罪で逮捕してくれという。警官はリカルドを見ながら「この男は別に何もわいせつなことをしているとは思えないがね」と答える。カメラマンは結局写真を撮るのをあきらめる。リカルドは「フランスの方に行けばもっといい貧乏たらしい壁があるそうだよ」とカメラマンに声をかけて意気揚々として引き返してゆく。「世界中に一人ぐらいはおれみたいなのがいなければ、世界はだめになってしまうんだ」。『決闘写真論』(篠山紀信との共著)
posted by ysms at 02:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。