2008年05月28日

神の存在

「New Scientist」誌でジョン・ミラー教授が2006年に発表したレポートによると、アメリカでダーウィン進化論を信じる人の割合が40%に減少している。この数値は、アメリカ・ヨーロッパ32カ国・日本の中でトルコの次に低い。皮肉にもアメリカの政教分離の原則が、公立学校での天地創造説の教育を禁じたため、原理主義者を闘争へと駆り立てた。反進化論を政治綱領として掲げる原理主義政党の強い政治的アクションにより、理科教育が犠牲となっているとする。
("Why doesn't America believe in evolution?")

『数学者の無神論―神は本当にいるのか』で、著者である数学者のパロウス教授は「神が存在する」という主張を、いくつかの論理のパターンに分類し、反駁を試みる。

1.第一原因論法(第一球を投げるもの)
 物事にはすべて原因がある。その原因とされる物事も、また原因を持つ。原因−結果の連鎖が永遠に続くことはなく、原因を持たない最初の物事がなければならない。そのことを神と呼ぶ。
「なぜ」「それはなぜ」と繰り返し聞く子供に「そうだからそうなんだ」という論理。

2.デザイン論法
自然法則や生命の営みは偶然とすればあまりに複雑で完璧である。何らかの造物主がデザインしたはずであり、それが神だ。人間が存在するために、物理法則がちょうどいい値に微調整されている。その調整をしたのが神だ。

3.存在論的証明
A.神は存在する。
B.この2つの命題はいずれも偽である。

Bが真であれば、AもBも偽である。
Bが偽であるのは、Aが真の場合のみである。だから神が存在する。
といった自己言及的な逆説を用いて論証する。
あらゆることの存在と不在が立証できる。

4.めぐりあわせ論法や預言論法
偶然を必然とする論法。
911が警察を呼ぶ電話番号であり、9+1+1=11で、9月11日は一年の第254日であり2+5+4=11である。一年で9月11日以降に残る日数は111日である。貿易センタービルは「11」に見え、衝突した最初の飛行機が11便であり、「NewYorkCity」「The Pentagon」は11字である。事件の機種であるボーイング767の767×91×11=767767である。聖書はこれらの出来事を預言していた。聖書にはその暗号がある。聖書は正しい。ゆえに神が存在する。
あらゆる出来事、あらゆる数字に同様のことが可能である。

5.その他、確証バイアスに基づく論法
多くの人が神を求め、神を感じている。だから神は存在する。パスカルの賭け※


進化論的生命観を否定する論理は、造物主による生命のデザインを合理的だとする議論と並んで、進化論が直感的には受け入れがたいことにも起因する。
仮に進化論に従って、生物が現在のように複雑かつ合理的な存在として進化するためには、わずかな確率で起こる突然変異が繰り返し何度もおきなければならない。その全ての確率を考えれば奇跡としか言いようがないという感覚は、直感的には理解できる。

しかし適当にサイコロを10回振って、出た数字の並びが(3、5、2、2、4、1、5、3、6、3)だったとする。この通りになる確率は約6000万分の1なので、後から確率的に見れば奇跡的である。しかし、どのようにサイコロを振っても、毎回、奇跡的確率の組み合わせが生じる。星の数ほどいる男女の中から、ある2人が出会ったのは奇跡だという論理と同じだ。確率論から見れば、あらゆる事象が奇跡的確率の結果だと言える。この倒錯が奇跡の存在を証明するために利用される。
少なからず奇妙なことは、自由市場をいちばん熱心に指示する人々の中に、ダーウィンの進化論に熱心に反対する人々――たとえば多くの根本主義キリスト教徒――がいることである。こうした人々は、自然にできる市場の複雑さは文句も言わず受け入れているが、自然にできる生物現象の複雑さにはデザイナーが必要だと言い張る。(※)


著者は宗教的価値を否定するわけではない。
世界や自然の複雑さに対する畏敬の念と驚きを、「神を仲立ちにしないで」認め続けることを、科学的態度として推奨する。
日本人には自然にのみこめる主張ではあるが、著者も本記事冒頭のジョン・ミラー教授同様、アメリカで「神の存在」が政治的な色彩を帯びて党派性を持っていること、それによって科学教育が後退しつつあることを憂慮している。

ブッシュ政権は科学的根拠よりも神の啓示を優先してイラク戦争を開始した。ロン・サスキンドが「1%ドクトリン」と名づけた、1%の可能性があるならそれが起こるものとして行動してしまう原理は、「パスカルの賭けと同じく、信じないことから得られる結果のマイナスが大きいことが、確率が小さいことを上回り、行動の期待値の方が、行動しないことの期待値を上回ることを確実にするのである」という行動経済学のテーゼに行き当たる。
これは、本書が論じる、神の証明のための、確率論の倒錯による奇跡論や、自己言及的な閉じた論理が生じる心理と同じ地平にある。
「神」の存在は、人が科学的合理的意思決定を見失う心理・論理パターンの歴史的な蓄積と言っていい。



※「根本主義」はおそらくfundamentalismの訳。「原理主義」ではない理由は不明。

※パスカルの賭け
1.神を否定して行動したら、神がもし存在する場合、永遠の責め苦を味わうが、神が存在しなければ、一時的な喜びを得られる。
2.神を信じて行動したら、神が存在しなくても失うものはないが、神が存在していれば天国で永遠の至福を教授できる。
3.だから神の存在を認めたほうがいい。


posted by ysms at 23:00| Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 数学者のパロウス教授がご存知無い「神が存在する」という証明の仕方があります。
 一般法則論

 
Posted by 一般法則論者 at 2008年06月22日 18:23
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