2008年04月03日

傷との対話

矢吹晋著『激辛書評で知る 中国の政治・経済の虚実』はひどいタイトルだが、中国経済論の泰斗による鋭利な中国論。江沢民が毛沢東やケ小平以上に苛烈な反日スタンスを貫いたルーツは何か。江沢民はゲリラ活動家の叔父が死んだ後、その家の養子に入ったとされている。しかし彼はピアノの腕を自慢していたが、ゲリラ活動家の未亡人宅の養子に入ったら、ピアノを習う余裕などないはずだ。そもそも本家の次男が、本家の六番目の弟である妾腹の叔父の後を継ぐ必然性がない。中国の慣習からも考えづらい。ではなぜフィクション臭の強い養子説に固執したのか。

江沢民は、「革命の犠牲者の養子」だと強調しているわけだが、彼自身はブルジョワの息子である。祖父は揚州と南通を結んでいる汽船会社の副社長格だった。父親もその会社の幹部だった。これは何を意味するか。日本の旧支那派遣軍が占領時の大陸でまず押さえたのは、そういう輸送会社であったはずだ。抗戦のために重慶側に逃れたという話はないので、日本軍占領下の揚州・南京地区にとどまったことになる。遺憾ながらその実証はまだできないけれども日本軍に協力していた可能性を否定しにくい。江沢民はそこから生ずる漢奸問題を非常に気にして、ことさら「反日ポーズ」をとらざるをえないのではないか、というのが私の推測である。


スターリンも「裏切り者」の過去を記録したオフラナ・ファイルの存在に生涯悩まされ続けた。権力者の攻撃の対象は敵ではない。「傷」への自問自答が他者への攻撃として実体を持ち、しかも傷は決して消えない。独裁者は誰とも対話しない。自己の傷、コンプレックスとの闘いこそが独裁の源泉であり崩壊の予兆である。
posted by ysms at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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