「自分自身の苦しみより他人の痛みにより深くかかわること」、これが収容所にあって人間性を保つための最善の道だと思う。英雄的にふるまうといった気負いではなく、自分を守ろうとする本能がそうさせるのだ。自分自身のことで頭がいっぱいになり、他人の問題を気づかう能力を失うことは、すべてを失うのとおなじである。
『強制収容所へようこそ』イリーナ・ラトゥシンスカヤ著
ゴルバチョフ政権下、女性政治犯の収容所生活の記録。病気の仲間を治療せよとハンストするが、ハンスト破りの人も受け入れる柔軟さが、スターリン時代の男性政治犯とは一線を画す。絶望的な状況でも必ず日々の生活があり、生活にはルールと知恵が求められる。運命が悲惨であるからこそ、生活を大事にしなければ、精神の自由は得られない。
『サラエボ旅行案内―史上初の戦場都市ガイド』
ダートゲーム
1992年4月5日のこと、この街の周囲に260台の戦車、120台の迫撃砲、数えきれないほどの対空機関砲、狙撃用ライフル、その他の小型銃が出現した。(中略)いつでも、どこからでも、お望みの火器で、市内のどの場所でも狙い撃ちすることができた。そして実際、彼らはそうした。
現代サラエボ市民
彼らなら最新のダイエット法について本が書ける。唯一必要なのは街を包囲させること――シェイプアップの秘策はそれだ。
メガネ屋
フレームの値段はあまり高くない。けれども近頃メガネのレンズを買いにくる人はいない。メガネをかけると、なにもかもよく見え過ぎるからだ。
みやげ物
一番喜ばれるのは爆弾の破片である。それは歩道の上、道路の上、バルコニー、アパートなどいたるところで見つけることができる。
レクリエーション
ランニング
サラエボ市民にもっとも愛されているスポーツ。誰もがこれを実践している。危険地域の住民たちがそうするように、交差点はどこも走らざるをえない。
子供の遊び
街に発射される手りゅう弾の数をかぞえること。
市内郵便
サラエボは分断されているので、手紙が別の地区に住む人びとに着くには、国外郵便と同様の経路をたどることになる。分断された地区から別の地区へと手紙が届くのに45日以上かかることもある。伝達手段は赤十字だけという地区もある。そんなときはわずか数百メートルの距離を行くために、手紙はジュネーブまで飛ぶのである。
砲撃をかいくぐりながら、新聞記者は路上で新聞を売り、学校の階段で授業をして、アーティストは半壊の赤十字ビルで個展を開き、ビデオで映画を上映し、ソンタグは「ゴドー」を演出する。
戦乱による多くの喪失の中、文化が生き残った。文化は、自分たちが今どこにいるのか、これからどこに向かおうとするのか知るための、国連防護軍の情報よりも正確な指針だ。文化の残滓は、絶望ではなくユーモアによって支えられている。怒りを笑い飛ばし、憎しみをからかいながら、レーニンの本を燃やして暖を取り、公園のイラクサでパイを作る。
空腹を満たさず、暖を取ることもできない、そんな無駄で非合理な何かに絶望の淵から情熱を投じることができる。それを品格と呼ぶのだろう。本書を世界に届けたのはそんな力だ。


