『グレン・グールドとの対話』
ラジオというメディアに興味を覚える理由を訊ねられるグレン・グールド。
そのことはできるだけわかりやすく扱ってみたいね。大きな問題だし、重要な問いでもあるから。効果的比率についてはわからないけれど、いつも直観的に把んでいることは、他人の集団と過ごす一時間ごとに、人は掛けるX倍の一人の時間が必要なんだ。そのXの数字はなにを表すかじつのところわからないが、たぶん2+7/8か7+2/8とか、はっきりした比例だ。ラジオは、ともあれ、子供の頃からの非常に身近なメディアで、ぼくはぶっつづけに聴いているね、そう、ぼくにとって壁紙みたいに、ラジオとともに眠り、ラジオがないと睡眠不能になってしまう、ネンブタール(睡眠薬)をやめてからね。(笑)
(中略)
人間が孤独の存在であるという仮説と、四六時中ラジオをバックに流して安心するという事実間にある矛盾をそのまま認めることをやった覚えはない。つまり、先週ぼくらはラジオの持つ純粋に物理的能力を話題にして、精神障害を除く力、そして例としてベートーヴェンのピアノソナタ第三〇番作品一〇九について語り合った。ムザクのようなBG音楽を聴いて動転しまうような人間をぼくは理解できかねるね。ぼくならエレベーターを無限に上昇下降させて聴いても邪魔になんかならない。どんなに間抜けなしろものでも平気だ――識別能力ゼロだから。
グールドは、自分の孤独すらもユーモアをもってコントロールしようとする。腎炎によって、知人が一人もいないハンブルグでじっとしていた一か月が、「人生最良の月、いろんな意味で、正しくもっとも重要であり、もっとも孤独であったゆえに最良の一か月」だっと言う。
一種の精神の高揚があった――このコトバを使うには慎重なんだぜ――ある特別なひとりぼっち感があるときのみ使うコトバでね。ほとんどの人たちが知っていても認めないある体験。確かに思えるんだ、ときおり、ぼくらは大抵、仕事かなにかのプレッシャーでつながりを失ってしまっている。でも、どこかにそのバランスを取りもどそうと試み、さっきいった比率を再建するものなのだ。そして遅かれ早かれ、ぼくは暗黒の一冬を過ごすだろう、そういう確信がまたある。


