2005年10月09日

異端の情念

ビーチボーイズの『ペット・サウンズ』は、日本版では山下達郎の情熱溢れるライナーノーツが、すでにアルバムの一部になっていると言っていい。


『ペット・サウンズ』が、ビートルズの『サージェント・ペパーズ〜』と同様に、自己完結型のドラッグミュージックであるというネガティブな面に触れながら、

<だがしかし、それを考慮に入れてさえなお、『ペット・サウンズ』は語り継がれるべき作品である。何故ならこのアルバムは、たった1人の人間の情念のおもむくままに作られたものであるが故に、商業音楽にとっては本来不可避とされている、「最新」あるいは「流行」という名で呼ばれるところの、新たな「最新」や「流行」にとって替わられる為だけに存在する、そのような時代性への義務、おもねり、媚びといった呪縛の一切から真に逃れ得た、希有な1枚だからである。このアルバムの中には、「時代性」はおろか、「ロックン・ロール」というような「カテゴリー」さえ存在しない。
 にもかかわらず、こうした「超然」とした音楽にありがちな、聴く者を突き放す排他的な匂いが、このアルバムからは一切感じられない。これこそが『ペット・サウンズ』の最も優れた点と言えるのだ。『ペット・サウンズ』のような響きを持ったアルバムは、あらゆる意味でこれ1枚きりであり、このような響きは今後も決して現れる事はない。それ故にこのアルバムは異端であり、故に悲しい程美しい。>


「最新」も「流行」もない。「義務」や「おもねり」、「媚び」もない。結局「時代性」も「ロックン・ロール」も、ひいては「カテゴリー」すらもない。なのに「排他的な匂い」もない。あらゆるものを排して、「1人の人間の情念」だけがある。ブライアン・ウィルソンであり、山下達郎の情念。
posted by ysms at 03:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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