それがエキサイトブックスのニュースや、いろんなブログで取り上げられたこともあって、
元々自分の読書メモとして使用しており、1日に数十アクセスであった当ブログが、突如大変多くの人に見られることとなり、ちょっと緊張しています。
また、自分の恋人にも当ブログの存在が明るみになってしまい、今後の利用方法を悩んでいる次第です。
それはさておき、一応やり取りとしてはひと段落ついたようなので、これからお越し頂く方のために、経緯とその中でのやりとりを整理しておきます。
元々、AMAZONで『会社は誰のものか』(吉田望著)のレビューを下記のように私が書きました。
(新潮社の社長と友人であり、※1)本書を一ヶ月で書いたという序文の文章からもわかるとおり、ライブドア関連の熱が冷めないうちに、とタイミングを計ってタイトル先行で一気に出版された新書です。
だから新書という点を差し引いても、お世辞にも内容の濃い本とは言えません。
元々、広告代理店でネットビジネスの研究をされていた方だけに、「ネットビジネス」と「ブランド」についての言及が非常に多いです(→多いと感じました。※2)
あらゆる企業論は「会社は誰のものか」という命題に直結している、と強引に言うことも可能でしょうが、本書は「会社は誰のものか」という問題設定に対して、的確に、論理的にアプローチしている本ではありません。
話の脱線や本書の主旨とは関係の薄い著者の個人的経験などが多く、著者の考える会社論や、著者が知っているエピソード(特にネット企業の話が多い)をまとめたエッセイ集と思ってよいでしょう。そのような形態なので、論旨や論証が明確ではなく、骨太な企業論を読みたい人にはお勧めできません。
ただ、文章は読みやすく、会社のあり方を考えるための色々な事例を盛り込んであり、一気に読むことは可能です。
それについて、著者の吉田様自ら私のブログに質問を頂きました。
「コミュニケーション能力とは」のコメント
その後、
吉田様へのご回答と
吉田様への回答Aで、
記事とコメント欄を使用して、色々と著者の吉田様とやり取りをしました。
また、吉田様のブログ
amazon書評者nomadicaとバトル中・・・のコメント欄の中で、
下記の追記記事にあるように、やり取りをしました。
7月中旬のやり取りでしたが、吉田様のブログのほうではいつの間にか2005/05/25の記事となっており、古い記事になっているようです。
やり取りの中で、レビューの中で2箇所変更を加えました。
まず※1の部分は、削除しました。
吉田様のブログに記事があり、公開された事実と思いレビューに含めましたが、吉田様がその後ブログから削除されたこと、私の記述で本書の序文にそれが記述されているような印象を与えてしまったので、削除しました。
次に※2の部分は()内の記述の通りに変更しました。
吉田様にブランドについての記述は多くない、と論難されたため、私が単に多いと感じているという表現に変えました。
最終的に、議論があらぬ方向に行ってしまい、生産的な議論ではないと思いましたし、著者を傷つけたり、営業妨害をするような意図は全くないので、(元々は、「会社は誰のものか」を考えたくて本書を購入したわけですから)レビュー自体を削除しました。
同時期に発売された『会社はだれのものか』岩井克人著の私のレビューでも、「同時期に発売された吉田望氏の同タイトルの本に比べば、はるかに鋭い論考といえます。」という両著を比較した感想について、「岩井さんの書評で僕の本に言及するのはやめてください。悪意を感じますし、営業妨害です。」とご意見頂きましたので、その部分も削除しました。
AMAZONのレビューは、大勢の人が書籍購入の参考にすると思いますし、本書の感想は、単なる私の書き殴りの感想文として、こちらだけで残しておこうと思います。
いずれにせよ、一連のやり取りの中で、私なりにレビューのあり方や、ネット上でのコミュニケーションについて、色々と真剣に考える機会を得ることができたことは間違いありません。
多くの人が目を通す場所でレビューを書く以上、マナーを守って、よりよい書き方を模索していきたいと思いました。
お忙しい中、わざわざ素人レビュアーに真剣に対応して頂いた著者の吉田様には、大変感謝しています。
今後とも、よろしくお願いいたします。
以下は、吉田様のブログでの記事「amazon書評者nomadicaとバトル中・・・ 」2005/05/25
です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
おおむね好評であり、とても売れている、とは言いませんが、田原総一朗や公文俊平さんなどからよかったとの連絡を頂き、ほっとしているところです。
苛酷なようですが(笑)一件傷ついたのが、アマゾンのとある書評です。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/cm/member-reviews/-/A2WYMEBG7XWOFM/1/ref=cm_cr_auth/249-9623527-9536311
(ほっとけば、というところを反応してしまうのがboldの性分です。)
これは「nomadica」というアマゾンのベスト500レビューアーの書評です。ビジネスコンサルタント?だそうです。他の評は四つ星ないし五つ星なのに、彼のみ悪意あるコメントで二つ星です。(岩井克人のところにも僕の名前をよくない本の例として言及)
彼は私の書評のなかで「新潮社の社長と友人であり、本書を一ヶ月で書いたという序文の文章」と書いています。これは全くの嘘です。
(新潮社の社長とは本当に高校時代の友人ですが、序文にはかいていません。)
それを本に書く馬鹿はいません。(笑)
一瞬ブログには書きました。(でももうないです)
彼へ詰問しました返答は、「吉田様のブログを熟読した経験はありません。」だそうですが・・・・
僕はアマゾンの書評では過去に嫌な思いをしているのです。
それはブランドにおける「電人ザボーガー」という男の書評です。それこそ匿名をいいことに、言いたい放題です。くやしいので・・・ブランドUでハンドルを書いて、復讐しました(笑)
はっきり言って評者が著者に悪意を持っていたとか他社、他人より依頼があった等、としても防げません。
それが・・・今回は反論ができました。このnomadicaさんは、大変善良なことにブログを立ち上げているのです。(アドレスが書いてありました)
丁寧なメールをいただきました。
しかも書き込みを削除しないところが良心的です(多分いい人?だと思います)
もしかしてブログの「意味」(恐ろしさ)がわかってないのかもしれないです・・・
どうやら。著者と戦う覚悟があっての書評とのこと。
70年生まれにしては頼もしいです。ということで、目下書き込み中。
はっきりいってbold、大人気ないです。
(もし大人気あったら、いい年こいて大会社辞めて、独立してませんて・・・)
http://lynceus.seesaa.net/article/4827887.html#comment
コメント欄--------------------------
37 Name: nomadica : 2005/07/14 03:05
私のブログで詳細は書いていますが、こちらでもコメントさせて下さい。
新潮社の社長さんとの話は、当ブログで拝読しました。
私のブログにも、
「吉田様のブログを熟読した経験はありません。該当書籍に関する記述を少し眼にした程度です。」
と記述しています。該当書籍に関する記述は拝読しています。ただ私には「熟読」という意識はありませんでしたので、そのような表現を選びました。
吉田様のブログに記述されている以上、公開している情報であると判断し、レビューに記述しました。
現在は削除されているということは本日知りましたので、本日レビューからも削除しました。反映には数日かかるそうです。
著者のブログで公開された情報を読者がレビューで記述することと、読者の礼儀として吉田様に直接お送りしたメールに書いた私の名字がブログで不特定多数の方に公開されることとが、私のサイトに書き込まれているように「イーブン」とは思いません。
私の名前については公開を意図していませんので削除をお願いします。
私のブログに書いたように、私はレビューの執筆者として極力誠実に対応しようと思っておりますが、一方が本名で一方がペンネームであるということがそもそもフェアでない、というご意見であれば、仰っていただければレビューを削除します。
よろしくお願いいたします。
38 Name: bold : 2005/07/14 08:02
お名前、削除しました。
1)岩井さんの書評で僕の本に言及するのはやめてください。悪意を感じますし、営業妨害です。
2)「お世辞にも内容の濃い本とは言えません。」お世辞はいりませんが、濃い薄いは抽象的な表現ですが、具体的に「内容が薄い部分」を指摘してください。
3)論旨や論証が明確ではなく
あなた以外のほとんどの評者は、論旨は明解だといっています。失礼ですが読解力の問題ではないでしょうか?
ちなみに簡単な論旨は、1)国家2)株主3)従業員の3つの可能性のうち株主主権が勝利した。
ただし留保があり万能ではない。株主にも経営責任があり、それを果たさないと会社はすぐに規範をうしなうからだ。
1)最期にお金を受け取るがゆえに株主には主権があることを忘れてはいけない
2)会社は消費者との絆を大事にする「最も高い志の人」のものである。
これが論旨です。
39 Name: bold : 2005/07/14 08:59
追伸:私が書いたのは所謂新書であり、約8万字程度です。バカの壁と同じシリーズです。本自体が物理的に薄いのです。同じく新書なのに「中身が濃い経営書」があれば、是非教えてください。12−15万字の記入が可能な選書であるとか単行本と、もしかして、同じ土俵で比較する愚、を犯してはいませんか?
40 Name: bold : 2005/07/14 12:19
nomadicaさん、早く反論するか対応しないと、あなたは再び実名モードになります。
41 Name: nomadica : 2005/07/14 12:46
「岩井克人V.S.吉田望ということで、読み比べてみてください。」と吉田様のブログに書いてあったので、そのまま両者を読み比べた読後感を記述しました。
岩井氏の著作も対談を除くと、論考部分は新書かそれ以下の分量です。
分量は大差ありませんが、私は岩井氏の方が論考として鋭いと感じたので、素直にそのように書きました。
同時期に同タイトルで出版され、私も同時期に両著作を拝読したので、当然そうなると思います。
ただし、レビューを営業妨害と感じられるのであれば、営業妨害をする意図はありませんので、削除します。
「中身が濃い」新書を教えろということであれば、最近読んだ中では沼上幹氏の『組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために』が濃いと感じました。
いずれにせよ、岩井氏も沼上氏も学者であり、吉田様とは最初から執筆のスタンスが異なることは理解できます。
新書であるゆえに紙幅の制約があるということも、理解できます。
ぜひハードカバーで執筆して頂きたいとお思います。
「nomadicaさん、早く反論するか対応しないと、あなたは再び実名モードになります。」
とありますが、繰り返し申し上げますが、私がウェブ上で書くことは、趣味です。業務時間中は避けたいと思います。
半日程度のタイムラグが「遅い」ということでしたら、正直申し上げて、吉田様の望む早い対応は無理です。申し訳ありません。
また、私個人について「大成しないだろうな」と私のブログでコメントされていますが、お会いしたこともないので、よくあるネット上の戯言として受け止めます。
42 Name: bold : 2005/07/14 13:52
「岩井克人V.S.吉田望ということで、読み比べてみてください。」と吉田様のブログに書いてあったので、そのまま両者を読み比べた読後感を記述しました.
僕のところに書くならまだわかりますが、なぜ向こうに書くのですか?もしかして、アホですか?
『組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために』それが中身が濃いのであれば、なぜそういう本の書評をまず、あなたはかかないのですか?本来書評の意義は、そういうところにあるはずです。
最期に。論旨はご理解いただけましたか?いただけてませんか?
大成しないは、戯言ではなく、お会いするまでもない正直(でちょっと残酷)な感想です。反論いただければ、より詳しい根拠を述べさせていただきます。
43 Name: nomadica : 2005/07/14 17:50
世のレビューのほとんどは、その作品の制作に費やされたエネルギーを無視して行われますし、半分はそうあるべきだと思います。
そして、どのような批判的言辞も、それによって、未読の読者に著作の印象を悪化させる可能性がある以上、おそらく広義には営業妨害と言えると思います。
従って私の感想が、「営業妨害」と言われれば、反論はできません。
『組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために』の書評を書かない理由については、読了したものの、内容が濃いと思いましたので、レビューを書くのであれば、本腰を入れて再読する必要があると思いましたし、同時に書いたとしてもアマゾンの800字の制限には収まらないだろうという判断があり、未着手です。
また、本書全体の論旨についてはお書き頂いた通りに理解しています。その前提で、各章や各論での論旨について必ずしも明確ではない印象を受けましたのでレビューで書きました。
また、「大成しない」「アホですか」など、私個人の資質云々の議論については、反論はありません。
私自身、未熟で無能な部分がたくさんあると思っておりますし、私とのやり取りの中で、私個人に対してどのような印象を持たれてもご自由だと思っているからです。
ただ、私としては著作の感想を述べるのみであり、一連のやり取りで受けた吉田様についての心証をウェブ上で記述することには、興味を持たないだけです。
いずれにせよ、私の著作への感想がフェアでない、不愉快だ、営業妨害だ、ということであれば、お詫びし、削除します。
44 Name: bold : 2005/07/14 22:24
「自己資金で会社経営をしています。同時に、複数の会社役員をしています。」
???
以前は「現在はビジネスコンサルティングを本業」とメールで書いていらっしゃいましたが、ようするにどっちかは(あるいは両方?)嘘ですね?
大変に失礼ですが、あなたはようするに「嘘つき」だと思います。
しかし一方大変に、正直で良心的なところもありますね。人間と・て・も・複雑ということだと思います・・・・そして尊敬と嫉妬はほぼ紙一重、です。
著述をする立場からいえば(特に自信作の場合)、著述について悪く言われるのは、私個人への心証とほぼ同等と受け取ります。それが公然と語られては、(大人気ないといわれようと)その評者(あなた)の信頼性や評価能力に対する、公然としたチャンレンジをせざるを得ません。
私自身はこのやり取りでよくわかるよう、大変に苛酷で攻撃的、罪深く、執念深い、しかも変わった男だと自己認識しています。
よろしくお願いします。
45 Name: nomadica : 2005/07/14 22:48
自己資金で経営している会社は、ビジネスコンサルティングを本業としています。
従って、「ビジネスコンサルティングを本業」としているとメールでかかせて頂きました。
ビジネスコンサルと会社経営は、吉田様ご自身がおそらくなさっているように、特に矛盾はしません。
私は、著作についての感想を書きましたが、吉田様個人のお人柄などについて、意見や感想を述べる気はありません。
ただ、コメントにあるように、私の著作への感想が、そのままご自身への心証と受け取られるのであれば、私にその意図は全くありませんし、そういったテーマで吉田様と議論をする意図も私にはありませんので、AMAZONのレビューは削除を依頼します。
どうぞよろしくお願いいたします。
48 Name: bold : 2005/07/14 23:19
私は調査は得意ですが・・・
プロファイリング的に、僕より岩井先生に好意を持つ人は、自らリスクある株主や事業家たりえません。そういうふり、をするだけで、もうかなり「違う(笑)」とわかってしまいます。
それはリスクテイクをしたくなく、株主価値も明確にしたくない・・・おそらくは官僚か学者などではないか、と僕は推測しますが。
ビジネスマンで、複数会社を経営してその読書量(読書ジャンル)はありえないです。社会学、広告近辺ではないでしょうか。
もしかして関西学院大学あたりか、と思いましたが・・・
50 Name: nomadica : 2005/07/15 00:31
最初のご質問への回答でご説明した通り、経営書で言えば経営者自信の著作、インタビュー、評伝の方が感銘を受けます。
岩井氏の著作は、学者だけあって論考としては鋭いと思いました。ただ、私の企業観と必ずしも一致していませんし、「好意を持つ」というほど好きではありません。
会社勤めや会社経営をしたことのない人の企業論は、最終的に限界を露呈すると思います。企業が動いていくダイナミズムや情念といったものを肌で感じられないからです。
ただし、知識や検証方法、モノの見方としては大きく参考になります。
私自身は、ご説明した通り、コンサルティングを主業とする会社を経営しており、私としても株主主権論そのものには、大きな異議はありません。株主価値の最大化という企業の主要な目的については正論だと思います。(でなければ私自身のとっているリスクが報われません。)
レビューしている書籍等は、ご説明したとおり、仕事以外の趣味で読んでいる本がほとんどです。
吉田様が仰るとおり、人間は複雑だと思います。
51 Name: bold : 2005/07/15 07:08
後学のためおしえてほしいのですが・・
1)結局「会社はだれのものか」(岩井克人)の論旨って、
何でした?
2)論考として拙書より鋭い点を、端的・具体的にに教えて下さい。
「ビジネスコンサルタント経営者」としてのご意見をお願いします。
52 Name: nomadica : 2005/07/15 11:14
岩井氏の結論は、一言で言えば「会社は社会のものだ」ということです。
ポスト産業資本主義の時代に、お金の供給者としての株主が、差異やイノベーションの創造者であるヒトに会社の支配権を譲らなければいけない時代だということと主張しており、そこまでは岩井氏の主張として理解できました。
ただし、レビューで書きましたが、最終的にCSRの話から企業は社会のものだとの主張があり、そこでやや飛躍、というかそれまでの株主主権論の誤謬を主張していた展開が、ぼやけてしまうと感じました。
質問2点目の、吉田様の著作との違いについては、ご要請に基づきAMAZONのレビューからも削除しましたので、ここでもいたしません。
53 Name: bold : 2005/07/15 11:46
論拠はともかく論旨は明快だ、とあなたはおっしゃられているので、そこの訂正も必要ではないですか?
以下はあなた以外の市井の評者(あなた以外はほぼ肯定的)のコメントです。
>著者の博覧強記ぶりに脱帽したくなるような好著です。
>本書は絶妙なバランス感覚でこの疑問の回答を導き出してくれています。
>歴史的背景やビジネス界の現状のエピソードが次々に展開され、単なる精神論にとどまらない。
>だんだんと深淵で複雑な会社とは何か?
の実体を、歴史、法律、会計などの知識を駆使して
掘り下げていきます。
>「動いている」著者だからこそ語れる机上の理論にとどまらない会社論。
>難解な用語や理論のみの引用を極力省き、現実の事例に即して述べていく著者の語り口は明快且つよどみなく、その深く練られた企業観には驚かされ、そして納得させられます。
これらと比較して、
「お世辞にも内容の濃い本とは言えません。」「「会社は誰のものか」という問題設定に対して、的確に、論理的にアプローチしている本ではありません。」といいきるだけの、客観的な(私ならずとも他者が納得できる)根拠を是非、ご教授下さい。「書き捨て」ではなく説明責任をはたしてください。
54 Name: nomadica : 2005/07/15 18:12
他のレビュアーがどのような評価をするかは、私には与り知らないことですので、他の方のレビューを引用されても私の感想には影響がありません。
私のレビューを吉田様個人への心象(「私個人への心証とほぼ同等と受け取ります」)と受け止められ、吉田様の議論および反論は、私個人の資質(「大成しない」「嘘つき」「アホですか」)や私の本業のプロファイリングといった、意図しない方向に進展しました。
3つ前のコメントにお書きした通り、私にはAMAZONのレビューを通じて、著者とそのような議論をする意図が全くありませんでしたので、AMAZONのレビューは昨夜削除依頼しました。反映に数日かかります。
55 Name: bold : 2005/07/15 19:13
ここまで来ましたので、一度あいましょう(笑)メールください。
58 Name: nomadica : 2005/07/18 02:10
上記「メールください」というコメントの約30分後に、
私の個人情報をウェブ上で公開しないことと、
私の職業が私の説明どおりであればプロファイリングの誤りを認めて頂くことを条件に、
「会うことは全く問題ありません」と吉田様にメールいたしました。
2日以上経ってもお返事が頂けないということは、吉田様もお仕事などお忙しいのだと思います。
私も吉田様の仕事の邪魔や営業妨害はしたくありませんので、お会いする話は、見送りで構いません。
いろいろと有難うございました。



書評もブログも是非続けて下さい。
陰ながら応援しています。
あのような電波に絡まれるとは、災難としか言いようが無い。
議論の本筋とあんまり関係ないことで恐縮なのですが、「コミュニケーション能力とは」への著者氏のコメントで「琴線に触れる」云々ありましたが、「琴線に触れる」は感動した時などに、イイ意味で使われる慣用句ですよね。
よくある誤用なのかもしれませんが、やれ国家だやれリスクだともったいぶった風なことを書いてる人がこういうミスをしてると、なんか笑えますね。ぷすすーっ
本論争とは関係のない話ではありますが、あの「戦艦大和ノ最期」をお書きになった吉田満様のご子息がこのような方とは・・・、と少なからずショックを受けたことを付記しておきます。
吉田某、必死ですね。見ててあまりに痛い。
レビューで感想を述べただけでそこまで言われるとは吉田某の脳はどうなってるんでしょうね。しまいには2ちゃんの時のように「誰でも書き込めるレビュー欄を作っているアマゾンが悪い!謝罪汁!」とか言い出しそうな勢いですね。
nomadicaさん、これに懲りず、これからも今まで通り切れのいいコメントを書きつづけてください。
吉田氏の言動ですが、書評自体ではなくそれを書いた人の立場や能力を批判するあたりが完全にアウトだと思いました。議論は基本的にロジックとロジックの戦いであるべきところを吉田氏は人と人の、として捉えているようにみえます。ロジックが抜けたら言い争いにしかならないのに。少なくとも物書きのとるべき態度ではないです。
> nomadicaさん、早く反論するか対応しないと、あなたは再び実名モードになります。
これはまさしく悪意ですね。怖くなりました。
関係があまりないことに文句をつける→そこが論破される
→更に飛んで関係がほぼないところに(略)→そこも論破(略)
→・・・で、どんどん話がずれて言ってる気もしましたし
> nomadicaさん、早く反論するか対応しないと、あなたは再び実名モードになります。
これはほんと、論理的な議論で出る台詞じゃないですよね
何はともあれ、nomadica氏お疲れ様です
大人の対応に感服いたしました
これ、ほんと、脅迫だね。
個人情報保護法に抵触するんじゃないの?
てっきり吉田氏は若い方だと思っていたのですが、
どうやら、もうじき50歳のいい大人のようで。。。
世界は広いな、とシミジミ感じ入りました。
http://bold.typepad.jp/mediacom/2005/06/post_be37.html
http://ex9.2ch.net/test/read.cgi/net/1121711947/
本当にお疲れ様でした・・・こんな作家いるんですね!
評価は評価、個人的感情ではありません。
それも解らずマジ反論なんて、被害妄想丸出し!!
あまりに小さな人間なんですね〜吉田氏。
ホント、子供みたいなものですね。
上のURL見て、一人で笑ってしまいました。
『いい本だと思うんだけど、なぜかあまり売れてません、
同タイトルで、本の岩井かつひとのほうが3倍ぐらい売れて、不愉快。』・・・
不愉快になる前に、自分の腕を上げて、もっといい本書けば?
悔しいならもっと売れるように、頑張れww
恥さらしちゃったけど、売名行為にはなったのでは?
脅迫まがいのコメントをするような相手に対し、
よくまあこれだけ理性的な対応を…感服いたします。
nomadica様、本当にお疲れ様でした。
バカの戯言と見なし冷静に対処すべきなのでしょうが、僕だったら途中で切れてますね。
nomadica様、お疲れ様でした。
最後まで冷静に対応をしたnomadica様を尊敬します。
しかしわかっていても、なかなかnomadicaさんのような対応はできるものではありません。
この経緯を見た人の多くが、nomadicaさんの資質について、吉田氏と逆の印象を持ったと思いますよ。
七光り、コネで人を指導する立場を得る
ごく普通にあるコトですが、生徒さんは可哀想かも
nomadicaさんには、こういった件でBlog等に絶望せず、今後も続けてほしいです。
nomadicaさん、本当にお疲れ様でした。
よくぞあの魑魅魍魎に対して論陣を張り通しましたね。 私は吉田氏の書籍は書店で手には取っていましたが、もう手に取ることはないです。これはnomadicaさんの意図しないところの”営業妨害”では決してありません。吉田氏が自ら掘った墓穴です。彼は論旨を尽くして弁明に必死のようでしたが我々から見れば痴愚の明確化に他なりません。愚かなことです。
お疲れ様でした。JAZZの話も興味深々です。
これ、どう考えても脅迫では?
司法に訴えることをお勧めします。
まさか感想書いて、文句言われるとは・・・
じゃあAMAZONの感想の意味がないと思うんですが。
自分の賛成者しか認めないとは恐ろしい。
nomadicaさん自身がこれ以上騒ぎ立てるのを望んでらっしゃらないようなので、
簡単にあなたに敬意を表します、とだけ言わせていただきます。
本当に、本当にお疲れさまでした。
私は互いに顔の見えないネット上で冷静に議論する方法を模索、研究している者です。ネット上で、冷静に議論(今回の場合「対応」でしょうか?)できる人がいると知り、今日は大変勉強させて頂きました。nomadicaさん、尊敬しております。
ネット上で貴方のような方と建設的な議論ができる日が来る事を切に願います。
批評文より感想文がほとんどですし。
本国のレビュアーだと更に過激ですよね。
アマゾン側の投稿基準も日本とアメリカでは
差がある様に感じます。
今回は電波に絡まれたに過ぎないので
気にしない方がいいです。
nomadicaさんの大人の対応には尊敬しています。
がんばってください。
今後ともよろしくお願いします。
(ysms:旧nomadica)
ysms
>具体的に「内容が薄い部分」を指摘してください。
というコメントがあるけど、
これの答えってどっかに書いてある?これについて納得する説明がなけりゃ無責任だと思うけど。レビューを消せばいいってもんじゃないよね。
ここで、応援メッセージだけ書いて、内容とか議論とかに全く貢献しないコメントを残してる人達は、そこら辺納得してるわけかな?
レビューは「某本=ネガティブ」という主旨なんだろうけど、この等号が本当に正しいのかどうかを明らかにして欲しいんだが、どうなの?
けんかの内用を野次馬してるだけのサイトは掃いて捨てるほどあるのに、内容の真偽について触れているサイトはとても少ない。これぞニートクオリティ?
>>具体的に「内容が薄い部分」を指摘してください。
>というコメントがあるけど、
>これの答えってどっかに書いてある?
というご質問について回答します。
もともとは私なりの考えがあって本の感想を書いた以上、Takaさんの仰るとおり、内容についての議論をすべきだと思いますし、私は当初そうしたいと思っておりました。
しかし、著者の方とのやり取りのなかで、私はその議論をすることをやめようと思い、結果、本の内容については議論していません。
その理由は何箇所かに書いたとおりです。
また、今後も、本書の内容についてここで検証する予定はありません。
ご期待に沿うことができず、申し訳ありません。
なぜなら、貴方は、著者の無垢なほどストレートな議論を、結果として、著者の行動のせいにしながら、かわして逃げおおせたからです。万雷の拍手と称賛を受けながらね。
貴方は初めに、単純ミスを犯した。序文に新潮社社長の友人であると書いてあると、書いてしまった。その単純ミスを、単に素直に謝罪なさればよかったのですよ。人の心って、柔らかなで傷つきやすいでしょう。この著者は思いもよらぬことにふれた、しかもそこに単純ミスのある批評にがく然としたと思う。
なのに、貴方は7月14日の時点、つまり極めて初期のやりとりの時点で、「序文に記されているような誤解を与える余地がありますので、訂正します」としか答えず、謝らなかった。しかしながら、貴方の批評の記述は、どう読んでも、誤解を与えるどころか、序文に記されているとしか読解できないのですよ。
もし、貴方が弁解するように読むためには、文頭に「著者は」などの主語がこない限り、無理です。貴方は著者のブログを参考資料で読んでうっかり単純ミスをしてしまいました。ごめんなさい。大変失礼をしましたって謝ればよかったと思います。それを、著者が嫌なら訂正します、削除します、で慇懃無礼に老獪にかわしおおせたわけです。おそらく、著者が個人的経験などを書いたくだりがお好みではなく、手厳しい書評となり、かつ、岩井氏の著作への書評の中でも、「はるかに鋭い論考といえます」というかたちで、この著者への批判をものした。そのこと自体はおおいなる自由ですが、この著者があらかじめ、岩井氏と競合になる出版を前に、「冷や汗が出ます」とブログで書いておられるように、かなり真摯に緊張してる著者心理が読めてとれます。
そこに、貴方が、書きだし「新潮社の友人であり…」と大上段で間違えた。これはフェアではない。著者が気の毒だと感じました。ましてや、nomadicaさんは英雄扱い。非常に釈然としない方向へ展開した騒動でした。そのことをもっとも敏感に感じておられるからこその、貴方の低姿勢だと受け取っております。映画でもよくありますよね。もっとも善人がズルイ人だったってこと。やはり勇気をお出しになって、著者とお会いになられて、お互いが納得なさったほうがよろしかったのではないでしょうか。
序文に書いてなかったとしても、新潮社の社長と友人、というのは事実でしょ?序文じゃないからといって、それを感情的になって、個人情報をさらしながら人格攻撃をはじめたのが、著者のほうですよね。
なのに、著者は「無垢」で「真摯」で、「著者が気の毒」だって。
一方nomadicaさんは、「老獪」で「ズルイ」で「逃げおおせた」とのこと。
お互いの人柄について、思い入れたっぷりですね。
言葉を丁寧にしただけで、結局は著者と同じように、議論の中身じゃなくて、人格攻撃にいってしまうあたり、どこらへんの人が書いているのか、わかりますね。
内容についての議論が聞きたかった、って普通に言えばいいのに、俺とかニートとかいうから、誰にも相手にされないのが、わかってないんだろうね。
もう一方の本は後半に対談を3つまとめて頁数を増量していることもあり、本文自体は120ページぐらいです。この種類の本にありがちなことですがそれほどレベルが高いものではなくその著者の熱狂的ファンにとっては、大きな失望をさそうものでした。
それが私の周りで両方本を読んだ多くの出版業界人の評価です。私はめったにブログを読まないのですが私の疑問は、おっしゃる「議論の中身」は結局ブログやネット上でただの一つも見つけることができませんでした。
コメントをに書き込んだりアマゾンに点をつける人の大半は、本をよまないでそれこそ論争だけを表面的に読んで、人格攻撃をしているだけなのではないか、と思いましたが違いますか?
著者がこちらのレビュアーにたいして、真っ先に人格攻撃をはじめ、レビュアーの個人情報を勝手に公開たんですよね?
本の内容以前に、そのレビュアー攻撃のあまりのおかしさに、著者が多くの人から攻撃をうけたんですよ。
著者が自分から、本の内容の論争からそれていったんですよ?
中身の議論がない、というご指摘もいただきましたので、ついでに申しますと、岩井氏の著書において、対談3つで増量した頁に記されている内容の多くは、吉田氏の本に綿密に記述されている内容です。対談のほうがはるかに著者にとっては手軽な仕事なことはいうまでもありません。業界で吉田氏の著書がはるかに評価が高いのは、論理の緻密性と、編集者のお立場の方のコメントにあるように、独自の切り口で会社という組織のおもしろさを、解き明かしているからだと思います。本物が残るのは、自明の理かもしれません。
吉田氏の視点は、実践者という裏付けをもった、会社哲学として、非常にわかりやすく普遍的な本でした。
ですので、一層、nomadica氏が、具体的議論を避けたことは、実は「内容が薄い」という書評の証明ができないからだ、と推測されても仕方がないのではないか。吉田氏の行動のせい、という、nomadica氏は格好の隠れ蓑を得たわけで。
岩井氏もおそらく、版元からの急ぎの出版要請により、ご多忙のところ止むおえずの対談での処理だったのかもしれませんね。しかし、読者をあなどっては……。
表面的に反応されるコメントを多く生んだ、この騒動は、どこから生まれたかを考えたとき、nomadica氏が書かれた書評の中であきらかに間違いであった、すなわち、冒頭の「新潮社の社長と友人であり、……という序文の文章からもわかるとおり」という彼の書評における大前提に関して、初めにきちっとした紳士的な謝罪がなかったことが大きい、と考えます。
主観で書評に何を書いてもいいかは、議論の分かれるところでしょう。
しかし、事実誤認に関しては、指摘があった場合、素直に謝るのが議論の大前提です。
今回は、その指摘が当事者の著者からだった。
その上での言論の自由でしょう。
初めのnomadica氏の対応は、謹んで書かせていただけば、その点に狡さがあるのです。
一読すればわかる。
それが騒動がエスカレートした原点です。
この点において、nomadica氏は著者に対して目測を間違えた。
そして、結局、たたみ込まれる議論をかわしつつ、多くの援軍に助けられて……。
個人的にも、果たして、どういう理由で内容が薄いを感じられたのか、教えていただきたいです。
コメントに対して、誠実な対応をなさるnomadica氏ですが、私からの指摘は、おそらくご本人の痛いところへ届いたであろうと、不遜ながら思っております。
(私の指摘は表面的なコメントをなさる皆様に向けて届けるつもりは全くありませんから)
色々なご意見を頂き、そういう見方もあるのかと勉強になります。
以下私なりに感じたことを書きます。
「単純ミス」との指摘はごもっともです。
後に書いた「序文にある」が、読点以前の文にもかかってしまいますから、
「新潮社の社長と友人であり、」という表現は、
「新潮社の社長と友人であると著者のブログに書かれてあり、」と出典を明確にして記述すべきでした。
その点は私のミスです。
ただ、いきなり「書評の大前提が間違っていた」とご意見されれば、それはよくわかりません。
私が前提としたのは、
本を「新潮社の社長と友人で、一ヶ月で書いた」、という事実(吉田さんのブログが事実であれば)です。
「その本がどのような契機で書かれたか」という事実が、当然読者にとって重要だと思ったからです。
もし新潮社の社長と友人でもないのに、友人であるかのように書いたのであれば、
書評として大きな問題だと思いますが、
それが序文に書かれていたかどうかが、重要な問題だとは、私には思えませんでした。
また、最初に、私のレビューについて吉田さんから抗議を受けた際は、
その序文の件について、真っ先に、間違っていると指摘を受けたのではありませんでした。
むしろ、私が吉田さんのブログを見たことを吉田さんも認めておられ、その上で他の点についてご意見を頂きました。
なので、私はそのことが騒動の原点にあったとは思いませんでした。
もちろん、繰り返しますが、私のミスは事実であり、反省すべき点だと思います。
そのことを通じて、著者の方が感じられたお気持ちは、ご本人にしかわかりえないと思います。
したがって、もし吉田さんが、その点について、
「新潮社の社長と友人だという事実は、ブログに書いたことであって、
本の序文に書いてあるかのように書かれたのは、非常に傷つけられた」
と仰るのであれば、私はもちろん謝罪します。
また、岩井氏の著作についてもご意見いただいていますが、
おそらく岩井氏も、吉田さんと同じように急いで書いたのでしょう。
私も読み、半分が対談であり、内容は薄いと感じましたので、
AMAZONのレビューには最初から内容が薄いと書いています。
つまり、岩井氏の本を絶賛して吉田さんの本を批判しているのではありませんし、
吉田さんの本が、「岩井さんの本より内容が薄い」と書いたこともありません。
また、岩井氏の著作が内容が薄いことを前提として、もし「オリジナリティ」などについて論じるのであれば、
岩井氏の前著『会社はこれからどうなるのか』と併せて論じるのが、筋だと思います。
今回の著作は小林秀雄賞を受賞した前著の補遺的位置づけである、ということはご存知だと思います。
出版業界にお詳しい方のご意見としては、前著に触れないのは不思議に思います。
最後に、私は、吉田さんの本について、思うところはたくさんあります。
ただし、繰り返しますが、それについて論じることはしません。
以前書いたように、岩井氏の著作との比較もするつもりはありません。
それを、「内容の薄さを証明できないから、逃げたのだ」、「卑怯だ」と読む方がご判断されるのは、
全くご自由だと思います。
なので、私に対して、
<吉田さんの本は「緻密」で「独自の切り口」で「わかりやすく」て「普遍的」で「本物」だ>、
と言われても困ります。
その本を読んで、そのような感じる方も、当然いらっしゃると、私は思っています。
その補遺の意味ですが、岩井さんは会社が株主のものではなく、従業員のものだという前提を変えられていないのに対し、吉田氏は会社は株主のものだというグローバルなルールが決まったことは変えられないとした上で、その制約や限定を論じているという差があります。
この判断についての明確な意見あるいは価値観をもたずに、この両著書を比べることはできないと思うのですが。
ただ、
> 岩井さんは会社が株主のものではなく、従業員のものだという前提
と書かれてありますが、岩井氏の『会社はだれのものか』では、最後に「会社は社会のもの」とはっきり述べています。
逆に「会社は従業員のもの」と結論づけてはいません。
「意見あるいは価値観」は重要ですが、それ以前に、正確に本を読むのでなければ、比較することもできないとおもいます。
ただ、レビューに書いたように、岩井氏の本で、結論に至る展開には飛躍を感じますし、その結論自体にも、私は同意できませんが。
今回やや残念だったのは、nomadicaさんがその優れたビジネス能力をいかされた観点からの著書のご批判ではなく、「新潮社の社長の友人であったために、乱造で本がだせた、しかもそれを序文で公にする元電通マンらしい面の皮の厚さ」というニュアンスの揶揄に、評論が終始されたことはあると思います。
おそらく、著者はそこにあなたの悪意を感じてあれほどの取り乱し方をしたのでしょう。そしてnomadicaさんの経験についての意地の悪い詮索を始めたのだと思います。そしてネットの風評はnomadicaさんの意図どおりに進んだところが面白い点です。
いずれにせよ、このサイトは時々拝見させていただいておりますが、ぜひご本業のビジネスに関する書評のほうにも力を入れられますよう、祈願しております。
そういう見方もあるのか…、と受けていただけますので、もう少し。
まず、指摘させていただいた単純ミスについて。
「ご指摘はごもっともです」「私のミスは事実であり、反省すべき点だと思います」という、9月24日に貴方が書かれたフレーズを、なぜ、著者が最初に著者が指摘した際には、貴方は記されなかったのですか?
noamdicaさんが「お詫び」という単語を初めて用いるのは、書評全体に関しての7/14 17:50のはずです。(間違いならごめんなさい)
当時、このやりとりを読みながら、私の素朴の疑問は、なぜ、この人(nomadica氏)は単純ミスについてのみ、さっさと謝らないのだろう、ということでした。
間違えました、と単にいえばいいのに、いったいいつ謝るのだろう、なぜだろう、と思っていました。
この単純ミスについてのnomadicaさんの最初の答えは、再読しても、嫌な感じがします。
今は時間もたったので落ち着かれたから、反省の言葉が出るということでしょうか。
次に、この単純ミスの質問が著者からはじめになかった、という点について。
私の推測ですが、あまりに明白な間違いなので、この著者はカードとして、余裕をもって出してきたのだと思いました。つまり、この件についてだけは、nomadicaさんは謝罪するしかない、はずだったからです。質問が「本当に序文にありますか?」「本当に書いてありますか?」となっているでしょう。著者だから書いてないことは自分でわかっているのに、あえて質問形式にしている。
これは著者がnomadicaさんに対して、重要視してない案件なのではなく、計算の上で後出ししたカードではないでしょうか。
次に、著者が傷ついているならば「私はもちろん謝罪します」について
nomadicaさん、相手が傷ついているかは関係ないのですよ。そも、そんなことわからないし。
間違えたので、謝る。単にそれ以上でも以下でもない。nomadicaさんの著者への回答がそうではなかったので、私は狡い、と感じたのです。
nomadicaさんブログでみせる基本的姿勢が誠実な印象を与えるために、一層、「巧みに狡い」と感じるわけです。
次に、「序文に書いてあるかどうかが重要な問題だと思えない」について
おそらく、nomadicaさんはほんとにそうお思いだから、あの時点で素直に謝らなかったのでしょう。今は反省すべき点だと感じておられるけれど。これは私がnomadicaさんと全く意見を異にする部分です。いろいろな考え方という意味で、書かせていただきますが、どこに何を書き、書かないかは、著者でなくとも熟考、計算の上に為される行為であるケースが多いと考えます。
今回は著者がブログに記しているように、序文に書くつもりは毛頭ない事実だった。このことは尊重すべき点と思いました。
事実だし、ブログにあるからいいじゃないか、という理論はあり得ない。出版に関しての捉え方の違いもあるかもしれません。さらに、人間に対する想像力の問題にも及ぶと思うのですが…。
次に、「読者にとって出版の契機は重要だ」について
個人的意見の相違として、私個人は、本は契機を度外視して内容のみで判断することを第一に好みます。そして、補足的に契機も読後、参考に鑑みるということは、興味の一貫としておおいにあります。同様のことをnomadicaさんも著者の苦労と内容読解は別である旨、一連のやりとりで述べられていらっしゃいますよね。
読者への参考として、契機をもってこられるのはnomadicaさんのご自由ですけれど、今回は、読者にとって色眼鏡になりかねない、書き方であった、と、個人的に感じました。この点に関しては、9月25日16時45分のeditorの方のコメントに同意見です。
ざっと以上のよう考えで、やはり、私は単純ミスに関する、nomadicaさんの当時の対応はいけなかったと、確信的に思うのです。
とるに足らないことと思われるかもしれませんが、すさまじく飛び火していった貴方がたお二人のやりとりにおけるnomadicaさんの責任の原点はやはり、そこにあると個人的に思います。
なぜならば、誰がなんといおうと、著者が絶対的に貴君を責められる点は、その事実誤認のみだけだからです。
そのことについてさえ、nomaducaさんは他の件と同様のスタンスでお答えになった。
そのことをどなたも書かれないので、書かせていただいた次第です。
そこについてだけは、まっとうに謝罪なさっていれば、展開はまた、微妙に違っていたのではないか、というのが、無意味ですが、私の想像でございます。
展開はなかったかもしれませんね。
というのはこれは編集者の直感ですが。
多分吉田さんは、nomadicaさんが序文にそうした文章があると勘違いしたのは、自分のブログを読み本を読んでいないで書評を書いたからだと感じて、あのような反応になったのでしょう。
そしてこれはちょっと意地悪ですが、これほどレスポンスが早く謝罪もきちんとなさる(なさりすぎの)nomadicaさんが、その場で謝らなかったのは「そこに本がなかったから」という想像もできるのです・・・
著者が、メールの内容や名前を勝手にさらしたのも、人格や職業の攻撃をしたのも、nomadicaさんが序文についての表現をミスして、それを謝罪しなかったことが原因なので、しょうがない、ということ?
序文の件は、書評への価値観と、マナーの相違だとおもう。自分は大きな問題だと思わない。だって、新潮社の社長と友人なのは事実でしょ?
でも、事実を言われたからって、個人情報をさらしたり、人格攻撃をすることは、それ以前の話でしょ。
圧倒的にレベルの違うはなしなのに、著者を被害者扱いして、異様にかばってる、そのおかしさが、著者とそっくり。
なんで、著者の心理をそこまで想像できるの?
知り合い?それとも本人?著者はなりすましの前科があるからね。
てことは、何が目的でコメントしているのか、だいたい想像がつくね。
じゃないとおかしいよね?
この人たちは、なんで著者に対しては、
「本の内容の議論をしろ」「序文の件をもっと怒れ」
と言わないんだろうね?
脅迫まがいのことをしたのに、著者は被害者だって。
なんで著者には、脅迫したり、個人情報をさらしたりすることがおかしいって言えないの?
完璧ではなくてもまともに対応してたレビュアーを責めてんの?
非常識すぎて議論の相手にもされなかった時点で終わってんだから、しつこい反論はやめれば?
私が見てきた限り、吉田氏(情報論におけるプロフェッショナルであるはずの方)が、Amazonのレビュアーが自らの著書に関する否定的なレビューを書いただけでそのレビュアーの個人情報をさらし、常識では考えられない人格攻撃を仕掛けてきたことについて、吉田氏に対する非難が集中した、というのが今回の「炎上」の顛末であったと思われます。
takky氏、cool editor氏は、序文に関する手続き論について強調されていますが、そこに拘泥することは今回の議論の争点をかえってぼやかすことになりはしないでしょうか。もはや、当初の序文云々とは異なる次元に"騒動"("議論"ではありません)が発展した本件について、細かく、序文に対する説明や本書の評価を云々することはもはや意味のないことであるように私には思われます。たとえ、序文に関するやりとりの齟齬が騒動の契機であったとしても。
さて、takky氏、cool editor氏の書き込みを見た上での私の感想を申し上げますと、ysms(nomadica)氏に対するお二方の絡み方は正直、読んでいてやや異様に感じてしまいます(そしておそらく、そのような感想を抱くのは私だけではないと思います)。ここはysms(nomadica)氏のサイトである以上、何らかの形でysms(nomadica)氏は誠意ある返答をしなければいけないのでしょうが、前段の理由により、それは非常に無駄な労力を必要とししかも得るものが少ない応酬になる(それは件の吉田氏にとっても)と思われます。
また、takky氏、cool editor氏、意見を述べるのはご自由ですが、ysms(nomadica)氏が趣味でウェブサイトを開いている一個人であるということについてもすこしは慮られたほうが良いと思いますよ。もちろんそれが自由な議論を制限するものではありませんが、相手は別に仕事を持つ個人だということへの配慮が、多少なりともなされても良いのではないでしょうか。
交通事故で、歩行者が、車に後ろから追突された。あきらかに過失の大きさは自動車側にあるのに、歩行者の不注意を延々責めてる感じ。
どちらかが完全に正しいとは思わないから、議論はいいんだろうけど、なんで被害を受けた人を延々と責めるのかが、よくわからん。
でも、この粘着質な感じ、みんな、吉田さんを思い出すよね。
吉田さんじゃないとしても、nomadicaさんの対応をズルイとかいってる二人も、nomadicaさんが真面目に対応することに、結局甘えてるわけでしょ。普通なら黙殺される意見だよな。
で、その割には結局本をたいして読んでないことをnomadicaさんに指摘されて(09月25日 00:51の書き込み)それについては黙っちゃった。
どういう人か、だいたい想像がつくね。
「私の推測ですが、あまりに明白な間違いなので、この著者はカードとして、余裕をもって出してきたのだと思いました。」
なんで、そんなに他人の心がわかるんだろうね?著者?著者の知り合い?知らないのなら、推測でしょ?推測ならいくらでも書けるよ。推測で議論しても、何も生まないでしょ?
そんなにしつこく言うほど重要なら、なんで著者に確認しないの?
nomadicaさんも、他人に推測で著者の気持ちを代弁されても、困るだけでしょ。
「著者が絶対的に貴君を責められる点は、その事実誤認のみだけだからです。」
って、なんでそんなに騒ぐんだろうね。
著者がブログに書いてたことを参考情報としてレビューに書いたんでしょ?序文じゃなかった、というミスはあったとしても、中身は事実でしょ?
謝れ謝れって、「もし第三者なら」、なんでそんなに感情的になってるのかわかんないな。
「最初に謝れば、著者もだまってたかもしれないですね」くらいでいいのに、粘着するから、ひかれちゃうんだよ。わかってないね。
まず、序文の件の手続きが、騒動の大きな原因だとtakkyさんがお考えであるということが、わかりました。
私の序文の件についての意見は、既に09月24日 21:17のコメントでご説明したとおりで、変更はありません。
著者の心情を推測されて仰るご意見については、もちろん私にはわかりません。私は、一連の騒動を読んで、takkyさんのような解釈の仕方もあるのだと、認識しただけです。
本を読んで、わかりやすいが内容が薄いと感じた、そして、なんで内容が薄い本を、老舗出版社と、この著者が出したのだろう?と疑問に思った、ちょっと調べると、出版に至る経緯がわかり、執筆に割かれた時間とあわせて、納得した、というのが私のレビューを書く経緯です。
an editor さんが
>「新潮社の社長の友人であったために、乱造で本がだせた、しかもそれを序文で公にする元電通マンらしい面の皮の厚さ」というニュアンスの揶揄に、評論が終始された。
と書かれていますが、
私はレビューでもちろん好意的なスタンスではなかったですが、「読みやすい本だ」「事例が豊富」とも言っています。
「乱造」「電通」「面の皮の厚さ」と、私がレビューで使っていない用語を駆使して、「面の皮の厚さ」を「揶揄」することに「終始」した、というのは、あまりに強引な読み方だと思います。
とはいえ、私のレビューを、どのようなニュアンスで読み取ろうと、それは読む側の自由だと思いますので、そのような解釈もあってもいいと思います。
ただ、
> そしてネットの風評はnomadicaさんの意図どおりに進んだところが
と書かれていますが、そのような意図はありませんでした。
そのような意図がある、とどこかに書いたこともありませんので、an editorさんの推測・想像ということで理解します。
少なくとも、編集をお仕事とされており、それを自ら表明して議論をしようとするのであれば、事実と推測と解釈とを分けて書くことは、最低限のルールとしてご理解されていると思っていましたので残念です。
そして、cool editorさん、
> そしてこれはちょっと意地悪ですが、これほどレスポンスが早く謝罪もきちんとなさる(なさりすぎの)nomadicaさんが、その場で謝らなかったのは「そこに本がなかったから」という想像もできるのです・・・
と書かれていますが、仰るとおり「想像」は成り立ちます。
実際は、本があったので内容を確認し、訂正しました。
本がなければ訂正ができません。
一方、謝罪は本の有無に依存するものではなく、価値観の問題です。
このように、ご意見いただくのはありがたいのですが、議論が推測や想像に大きく振れており、私や、さらには吉田さんにとっても意味のある議論ではない方向にむかっていると感じます。
いずれにせよ、色々なご意見ありがとうございます。
こういう点が吉田氏の本が優れてる理由だ、とか一言もいわないで、ずっと吉田氏の本は、オリジナリティがあって、岩井氏の本は中身がない、って言い続けてるから、怪しいと思ったよ。
読んでもないのに、岩井氏の本をけなして吉田氏をかばうってことは、やっぱり吉田氏をかばいたい理由があるんだろうね。
nomadicaさん、
私のコメントは、唯一nomadicaさんのみに向けて届けさせていただいておりますので、他の方の中傷は一向に気になりません。
昨夜、書かせていただきましたこと、nomadica
さんはきっと、ご理解の範囲内と思っております。
なぜ、nomadicaさんや著者の、他人のことがそれだけわかるのか、という批判も囂しいですけれど、僭越ながら、文章を読むとわかることって、ありますよね。(これもnomadicaさんなら経験済みでしょう)
nomadicaさんは、私が述べた個人的感想と意見について、充分、既に意識下でご承知でいらしたのではないでしょうか。それを認められるか否か、あるいは認めたくないかどうか、別として。
nomadicaさんの援軍が続々登場なさってまいりましたので、私をさんざ、叩くのを眺められまして、頃合いを見ながら、「まあまあ」とお出ましになられる、という、nomadicaさんの手法をおとりになられます?
先日いただいた応答で、ご自身の弁明も持論も展開なさったけれど、私の真意の一部は届いたと感じております。嬉しく存じました。ただ、表向き、弁明が多かったため、昨夜のコメントとなりました。
大勢のお味方がついて、騒動をやりすごされたわけですけれど、nomadicaさんいわく「いろいろな意見があり、そういう見方もある」という意味で、少なくとも、一人、貴方の援軍には見えない(見ようとしないし、理解読解できない)ことに気づいている、と、感じていただければ幸いです。
蛇足ながら、援軍の皆様へ向けて記しておきますが、著者の行動については、ネット社会で、充分社会的制裁を受けているのではないでしょうか。
私があえて、nomadicaさんにコメントさせていただいている理由は、今回の騒動、完全勝利者かのように奉られているnomadicaさんに、「それはちょっと違うって、実はご自身もおわかりでしょう。大きな声ではお認めになれないでしょうけれど、nomadicaさんほどの方ならば」ということを、ご本人に確認したいのです。
お時間の許す折、気が向かれましたら、コメントいただけますことを願って。
昨晩、深夜に書き込みましたmikioと申します。私の書かれたことを「中傷」と受け止められたのであれば残念です。いや、残念というより、心外です。
それは私個人の問題ですのでさておいて、takkyさんのおっしゃる
>nomadicaさんの援軍が続々登場なさってまいりましたので、私をさんざ、叩くのを眺められまして、
>頃合いを見ながら、「まあまあ」とお出ましになられる、という、nomadicaさんの手法
というのはあまりに深読みしすぎで、nomadica氏に対して失礼な意見ではないでしょうか? 本日は連休明けの平日、nomadica氏が夜にしか自分のブログにアクセスできないことだって当然考えられるでしょう。
私が「nomadica氏が趣味でウェブサイトを開いている一個人であるということについてもすこしは慮られたほうが良い」と書き込んだのは、nomadica氏が、本業のコンサルティング業務(私もコンサルティング業務に近い業務をしておりますので、とんでもないストレスのある仕事と理解しています)なり、私用なりがある中で誠意ある回答を示しているのですから、そのことに対する謝意がtakkyさん達より少しでも示されても良いのではないか、とお伝えしたかったからなのです。残念ながらお分かりいただけなかったようですね。
それから、
>援軍の皆様へ向けて記しておきますが、著者の行動については、
>ネット社会で、充分社会的制裁を受けているのではないでしょうか。
とありますが、takkyさんの書き込みで吉田氏本人にとって過去のことである本件を蒸し返されることの方が、吉田氏に対しさらに社会的制裁をもたらす結果につながっていきそうに思えるのですが。吉田氏の心中を慮るのであれば、takkyさん自身が逆に吉田氏に与えてしまっているダメージについてもお考えになると良いのではないでしょうか。
私からtakkyさんにも、ひとつ確認したいことがあります。takkyさんはさすがに吉田氏とは別の方であろうと思われますが、takkyさんは、仕事上のつながりか何かで吉田氏とご面識やコンタクトがおありですか? お答えになる義務はないでしょうが、ぜひ知りたいです。Yes/Noで結構ですので、お時間の許す時にお答えいただければ幸いです。
私は、常に自分のブログを見て、コメントに対して素早く返事をすることは、できません。
吉田さんからも、早く返事をしないと実名を出す、と言われましたが、それは無理だと私が返答したのをご覧になっていると思います。
私がすぐにコメントに対して返事をしないことを、私の「手法」と呼ばれてしまうのは残念です。
また、他の方の意見を「中傷」とも「表面的」とも、私は思いません。takkyさんのご意見と同列のものだとおもいます。
takkyさんがわざわざ当コメント欄で「気にならない」というお気持ちはわかりますが。
さて、
> 少なくとも、一人、貴方の援軍には見えない(見ようとしないし、理解読解できない)ことに気づいている、と、感じていただければ幸いです。
> 私の真意の一部は届いたと感じております。
> 今回の騒動、完全勝利者かのように奉られているnomadicaさんに、「それはちょっと違うって、実はご自身もおわかりでしょう。大きな声ではお認めになれないでしょうけれど、nomadicaさんほどの方ならば」ということを、ご本人に確認したいのです。
と、熱心にご意見くださり、takkyさんのご意見について、私の理解度を確認しようとしてくださっているのは、有難いことだと思います。
ただ、結論から申し上げて、私はtakkyさんのご意見が、正直言ってよくわかりません。
ご意見の内容と、ご意見をなさる動機の両方についてです。
おそらく、私が理解できない理由は、takkyさんが「援軍」「完全勝利者」といった用語を使い、戦闘のメタファーで議論を位置づけられていると感じますが、その前提が私とは違うからなのだと思います。
というのも、そもそも私には、誰かと闘っているという意識がありません。いわゆるディベートのようなものは、私は好きではないです。
吉田さんとやり取りをしていた際も、勝とうという意識もなければ、ましてや「手法」なども考えもしませんでした。勝利とは何か、また勝利で得られるものが何かもわからないのに、戦闘であるはずもありません。今回のtakkyさんとのやりとりも同様です。したがって、ある意見を援軍、ある意見を敵とするような見方は、私には理解できません。
ただ、私ができるだけ誠意を持って対応しようとしているのは、意味のわからない「勝利」などを得たいがためではなく、自分の考えとは違う意見を正確に聞くことで、またその方と違いを理解しあえるような対話をすることで、自分の認識を深めることに資するものがあるかと考えたからです。
おそらく、「勝ち負け」で考えて、つまり「私が吉田さんとの一連の騒動で私が勝って、takkyさんが勝者に疑問を呈する」、というような構造が前提としてあるのであれば、そもそも私とは拠って立つ議論の前提が全く違うので、今後もおっしゃる内容が理解できないでしょう。
> ぜひご本業のビジネスに関する書評のほうにも力を入れられますよう、祈願しております。
と祈願いただいていますが、あいにくそれには、あまり興味がありません。
このサイトはもちろん仕事ではなく、趣味で書いていますので。
ご期待には沿えませんが。ビジネス書評は少ないでしょう。
あと、ブログで見たというのと、序文に書いているということが公になるのは、書評の印象として大きく違うでしょう。そのときにしれっと訂正はして、むしろ相手がブログを書き換えたことを指摘して謝らず訂正だてする、という態度はどうなのかな。
序文の手続き論については、(nomadicaさんが09月26日 20:32の書き込みで書いてある通り、)nomadicaさんの09月24日 21:17のコメントですでに説明ずみの件かと思います。2ch editorさんの、重箱の隅をつつくような針小棒大な議論の持っていき方(しかもかなりしつこい)はあまり生産的ではなく、何よりも当の吉田氏にとってもあまり望ましい結果には結びつかないと思われます。
それから、書き込みの内容を見る限り「an editor」さん、「cool editor」さん、「2ch editor」さんは同一人物のように見受けられるのですが、その通りでしょうか? もしそうであれば、ハンドルは統一するのがマナーですし、読む方にとって混乱も防げるかと思います。すべて別の編集者の方々でしたらすみません。
(なお、編集者の方が、吉田氏と面識があるのかどうか、個人的には知りたいところではありますが)
というかmikioさんこそ、本人か友人なんでしょ?だいたい書き込みの身元を探ろうってこと自体、著者がnomadicaに仕掛けて炎上した原因なんだけどさ(W
としか読めないんだけど。
たしかに見事な炎上ぶりだったよね(W
で吉田氏に迷惑だ、とか言っている。
いやある意味で著者はたいした対応ぶりだったよ。
あのねーこういうときにきちんと始末できるか、みんな見てるんだよ。
また、editorさんが書き込みのどこをどう読んだら「生産的」をそのように解釈できるのか理解できませんが、ここはnomadica氏のブログですし、その説明はここでしていただかなくて結構です。
あまり関係ない書き込みで場を荒らすのではなく、真摯なやり取りをする態度を取らないと通常は応じてもらえませんよ。
だんだん関係のない方向に話が進んでいますので、今後私に対して、editorさんがこれ以上ご意見があるようでしたら、上記アドレスまでメール下さい(迷惑メールはご勘弁くださいね)。
nomadicaさんは、なぜホームページで見たことを「序文に書いてあった」と間違えて公のアマゾンの書評に書き、それが両者の論争の発端になったことを素直に謝らず、訂正しかなされないのですか?
ほんとに、nomadicaさんは謝罪しない理由を説明してるんだから、読んでないのを適当にコメントして恥さらさなきゃいいのに。
あと、吉田さんは「素直に」謝ったって。どうよんでも素直に謝罪はしてないよな。それでまた彼は叩かれたんだが。
だから、なんでそこで吉田さんをもちあげようとするの?この人たち。
自分の意見の正しさは相手はわかってるはず、
で、他人の自分への意見は全て「中傷」
とか、まともな議論をする心構えじゃないよね?
そっくりなんだけど。
もし別人なら、takkyは吉田さんの言動について、どう思ってるの?
それを明らかにもせず、「充分社会的制裁を受けている」とかいってわざと触れないまま、nomadicaさんの細かい手続き論を、全ての原因みたいにしつこく責めるのが、フェアな議論だとは思わない。
それこそ、吉田さんへ偏りすぎの意見にしかならないよね。
この一文は、nomadicaさんとmikioさんへ
mikioさん、遅くなりました。
私へご質問とか。
ご承知のとおり、
個人情報ですから、申し上げる必要はないと思うのですけれど、因みに
私は著者の吉田氏とは仕事上のつながりも、面識もありません。
ただ、あえて申し上げれば、かつて出版界におりました。ですので、執筆の大変さや苦労、また、殊に、刊行直後の著者心理、を目の当たりにした体験があります。心ない書評に傷つかれるのは、大物著者でさえも同様で、あまりにデリケートに反応されることに、驚いたものです。
一字一句にいたるまで、そこに書いたか、そこには書いてないか、は著者にとっては常に大問題で、たとえ同様の発言をその著者が既にマスコミなどでしていようとも、その著書に本人が書いたか否かは、極めて表現活動上の自覚的な重要な判断であることを学びました。
これは、一般にはなかなか理解されないことですか。
ですので、今回、つい、以前より気になったことを、書き込みました。
今回の場合、本文ではなく序文ですね。
序文というのは、たいがい、執筆前にイメージされていても、本文執筆後、最後に書かれることが多い。著者によっては、本文の校了とともに書かれる場合もあります。著者はある感慨をもって書く、あるいは読者へのメッセージを込めて慎重に書く場合が多かったように思います。書店で序文やあとがきを拾い読みして購読を決める消費者も多いからでしょう。
ですので、事実なのだから、序文に書いてあるかどうかはたいした問題ではない、といわれるのは全く与しがたいです。
そういう意見もある、で片づけられるのも、非常に残念ですね。かなりの読書家であるnomadica氏にそれがわからないわけがない、というのが、余計ですが、また私の推量です。
mikioさん、私がどうにも苦笑を禁じえないことは、貴方は私が吉田氏本人でないことを見抜いてくださいましたが、nomadica氏に好意的なある種の人々は、私の意見、あるいは私のような意見のコメントに対して、すぐに、著者本人、著者の知りあい、友人、にちがいないと、コメントを入れてきますね。この短絡的な方向性が、まず変だと思いませんか、この騒動。
この騒動の根底にあるものを滲ませているようにも感じます。
nomadicaさんも、私の内容と動機がわからないと書きだす始末。動機の深いところは上記のような私のかつての職業的体験に基づくものが大きいと思います。
失礼ながら、さらに勝手な推測をお許しいただければ、nomadicaさんはもっともらしい理由を後付けして、すぐに著者に謝罪しなかった経緯を説明されましたが、きっと、深い意味なくちょっとしらばっくれて、すぐには謝れなかったのじゃないでしょうか。
今回、直接伺ってみて、
nomadica氏ご本人が、
「単純ミスとの指摘はごもっともです」
「その点は私のミスです」
「私のミスは事実であり、反省すべき点だと思います」
(著者が傷ついていて必要があれば)「私はもちろん謝罪します」
と回答をくださったことの意味は大きいと思いますよ。
また、しつこいだなんだって賑やかになるのかな(笑)
ここはひとつ正直にあなたの序文ミス・謝罪なしで「著者が傷ついて謝罪の必要がある」のかどうか、本人に確認してみたらいかがですか?
そう、しつこいよね。
今度は、「吉田さんにとって序文は重要だと、自分はわかっている」というご意見だ。
序文についての、あなたの価値観や、一般論を語るのは自由だけど、「当然吉田さんも同じように考えているはず」って、吉田さんにも適用させる根拠は、弱いよね。
要するに、あなたの基準で、nomadicaさんが吉田さんに謝るべし、と結論をおしつけてるだけでしょ。そもそもそれは二人には関係ないよ。
あなたの「序文」論が、どれだけ正しいのか、証明しなきゃいけないけど、できていない。
「むかし出版社にいたから」、という言葉だけで、それが正しい根拠になると思ってるとしたら、ちょっと痛いなあ、この人。
まず、吉田さんと、nomadicaさんとの間では、やりとりが終わった。吉田さんが序文の件にずっと拘って発言しつづけてるなら、別だが、二人がいいと言ってるなら、なんで蒸し返してるのかがわからない。
ただ、外野の人が意見があるなら言うのは自由だ。
しかし、それは自分のブログかなんかで、「自分はこう思う」といえば言いだけなのに。
他人のブログに執拗に書き込んで、nomadicaさんにしつこく聞いたり、何かしろってのは、そもそも無礼だと思う。>takkyさん、sateさん
なんとかしてnomadicaさんに謝罪させたいのだろう。
それはそもそも異様なまでに「序文のミスに謝れ」って言い出した人たちが、吉田さんが「傷ついてる」ことを、一生懸命確認しに行けばいい。
それでtakkyさんたちはすっきりするんでしょう。
逆に、蒸し返されても、二人はお互い気持ちよくないだろうと思う。
結局、やりとりをみてて思うのは、
・全ての騒動は、序文についての手続きの話に責任がある、ってのは可能性としてはあり得ると話だけど、かつての吉田さんの発言を読んでもそうは読めない。
・はっきり言って、takkyさんたちがこだわってる部分が、小さすぎる。
・それで、その部分がなにより重大だ、という根拠が、ほとんど想像とか個人的な経験で、根拠としてはjunnyさんの言うように弱すぎる。
・あと、コメントの端々で、吉田さんの心情を勝手に善良なものに解釈して(「真摯」など)、nomadicaさんの心情を勝手に悪意あるものに解釈している(「ずるい」「にげおおおせた」など)。
・つまり、最初から客観的、中立的な解釈のスタンスではないので、見ている人からは、吉田さんもしくはその身内と疑われてもしょうがない。
・手続き論に意見するのは自由だが、そもそも二人のやりとりにおいては、個人情報を公開したり、人格をののしられたり、という手続き論以前の部分で攻撃をうけたnomadicaさんが、どちらかといえば被害者なのは明白。その人に対して、謝罪しろ、お前がそもそも悪い、という感情は理解されがたい。なぜならどんなミスがあっても、あそこまで非常識な攻撃をされる理由にはなりえないので。
そういった理由から、レビューのあり方などについて、takkyさんたちの意見から、読んでるほうは得るものが少ない。(takkyさんは、君ためにコメントしてるんじゃない、といいそうだけれど)
そもそも無視されたり、消されたりしてもいいくらいの意見だけど、nomadicaさんの真面目な対応で残っている。それに甘えて無礼を繰り返していると思う。
それはいいんだけど、だったら余裕があるような無理な発言をしなければいいと思いますよ。
急に(笑)とか「苦笑」とか使いだして、発言の相手を毎回限定して、外野を相手にしない余裕を見せようとはしてるんだけど、結局気になってしまって、いちいち反応してるのが見ていてつらいです。
「気にならない」と繰り返す人が、気にしていないはずがないのは、見てて誰でもわかりますよ。
そこまでいろんなことが気になってしまう人が、nomadicaさんとやり取りするのは、無理だと思います。
nomadicaさんを持ち上げるというわけじゃなくて、takkyさんの文章の性質から言って、無理でしょうね。
上のMUROSHINさんの意見が、常識的でしょうね。
私からのぶしつけな質問に答えていただき、ありがとうございました。takkyさんの文を読み、takkyさんが「序文」に非常にこだわられていた理由も、一つの意見として理解できる、と感じました。私とtakkyさんとの間での内容に関する応酬は、議論の収拾がつかなくなる可能性がありますし、基本的にこの場では控えたいと思います。
また、私が、takkyさんの発言内容からtakkyさんを吉田氏の知り合いか誰かかと勘ぐったのは確かにやや短絡的であったかなとも考えました。
いずれにせよ、ご回答くださりありがとうございました。
mikio
mikio9691@mail.goo.ne.jp
最近この件を知り興味深く拝見しました。
吉田氏はお父さんの関係もあり、過去の経歴から恐らく多くの出版社の経営者を知っていらっしゃることでしょう。(ちなみに弊社トップも知己)そして彼の本ならばどこの出版社でも出したいと思うでしょう。だからその華やかな交友の一部を、何気なくホームページに書かれたのだと思います。
一方社長を知っているからといってそれでは本が出せるものなのでしょうか。
経営権と編集権は違うのです。
そこに編集者の矜持があります。
一流出版社ほどそうです。ですから、一流出版社の本の顔である序文に「社長の知り合いだ」と著者が書くことを許すとしたら、それは編集的には、ほとんど自殺行為のように思います。いや。除角川春樹かもしれない・・・
またそれは自分の判断として出版を判断した、担当編集者や編集幹部の方にとっては、ある意味での大いなる侮辱だと思います。
多分吉田氏があそこまで反応したのは、そのあたりの事情に精通されているはずの匿名書評家nomadicaさんがなぜ、そのようなミスを??という怒りがあったのではないでしょうか。
ですからもしnomadicaさんが謝罪するとしたら、それは、吉田氏に対してではなくて新潮社の担当編集者さんに対してではないかと思います。
多少の思い入れがある意見ですみません。駄文にて失礼いたしました。
はい、自殺行為ですが、それが実態です。
本は簡単に出せます。
よく吉田さんの書いた文章を読んで下さいよ。
まず吉田さんの専門は、もちろんブランド論です。
今回、ブランドについて本を出そうとしたら、友人である新潮社の社長から、テーマを「会社は誰のものか」に変更するよう強く説得された、
と自ら例のブログで説明されたんですよ?
つまり、テーマをもとに編集者が執筆者を選んだのではなく、
執筆者ありきで、テーマが社長から執筆者に与えられたというのが実態です。
それを著者自ら説明しちゃったわけです。
結局、テーマが決まる経緯に、「編集者」は全く出てこない。
この話を書いたことが、すでに編集者への侮辱なんだよ。
俺も、言わなきゃいいのに、と残念に思った。
ましてやお金を払った読者が残念に思うのも無理もない。
ただ、そういうレベルの話がよく繰り返されているのも出版社の実態なんですよ。
新潮社含めて、出版社で上場企業は少ない。
まさに「会社は株主(オーナー)のもの」であることを、この出版の経緯が象徴していますよね。
もし、プロの編集者が「会社がだれのものか」というテーマについて新書を出すという目的のなかで、執筆者を選ぶなら、
当然今まで会社論について鋭い本を何冊か執筆してきて、かつビジネスマンに知名度があるような人に頼むでしょう。
その人に、ライブドア事件まわりの議論を整理してもらい、21世紀の会社論をまとめてもらうべきです。
吉田さんは、広告業界で知名度のある人です。
今回の新書の購読層である、普通の会社員にはもちろん、ほとんど知名度がない。
また会社論についての執筆も過去に一度もない。
つまり、プロの編集者がテーマをもとに執筆者選考をしようと考えたなら、吉田さんが選ばれる可能性は低い。
ブランドの新書を出せば、専門なんだから、まわりも納得しただろうにね。
「テーマを社長に言われて変えた」、そんな経緯をブログで喋っちゃったら、当然、読者も引いちゃうよ。
元々、新潮にプロのビジネス書の編集者がいるわけじゃないから、それはしょうがないんだろうけど。
上の、自称編集者が言う、「編集者への侮辱」ってのは、吉田さんと社長の「編集者不在で本のテーマと執筆者が決まった」やり取りを、吉田さんが掲載しちゃったことでしょうね。
彼はもともとメディア論で有名な人です。
http://item.rakuten.co.jp/book/697042/
そして彼の現在の関心はブランドでもなく、企業にもなく、すでに「A級戦犯」のようです。
http://www.nozomu.net/journal/000150.php
もし現役でいらしたら?ご参考まで・・
Dentsu's Agenda for the 1990s: Preparing for the Advent of the 21st Century Network Society 1989/12/01
http://www.nozomu.net/journal/1.php?page=6
社会ソフト「日本」の研究
(超難解注意報!偏頭痛眩暈警戒!)1997/12/01
http://www.nozomu.net/journal/000004.php
マルチメディア知衆社会の到来 1993/12/01
−「理解の大衆化」の政治・技術的側面−
http://www.nozomu.net/journal/000002.php
「近代・組織・資本主義」からの抜粋・要約・解説
(佐藤俊樹著:ミネルヴァ書房)2000/10/10
http://www.nozomu.net/journal/000010.php
頭が痛くならずに「近代・組織・資本主義」を簡単に理解する一文 2001/02/04
http://www.nozomu.net/journal/000055.php
「歴史の終わり」「信なくば立たず」「大崩壊の時代」2001/03/01
http://www.nozomu.net/journal/000033.php
地方に残る「名こそ惜しけれ」感覚 2001/03/16
http://www.nozomu.net/journal/000077.php
次男坊文化と長男坊文化 2001/03/18
http://www.nozomu.net/journal/000079.php
プロジェクタ−の栄光と挫折 2001/03/23
http://www.nozomu.net/journal/000088.php
ビルはこっそりと、経理ははっきりと、志はくっきりと 2001/03/26
http://www.nozomu.net/journal/000094.php
人はなぜ会社をつくるのか 2001/05/31
http://www.nozomu.net/journal/000015.php
企業ブランドはブランド経営者がつくる 2001/03/26
http://www.nozomu.net/journal/000092.php
ITバブルとデ・キャピタライゼーション(脱資本化)2002/01/22
http://www.nozomu.net/journal/000017.php
会社は鵺か蝙蝠か 2005/03/07
http://www.nozomu.net/journal/000149.php
ホリエモン=ロビンソン・クルーソー仮説 2005/02/20
http://www.nozomu.net/journal/000147.php
わかってないな。
ずっと現役編集者さんは、市場性の話をしてるんだろ。
自分で論文を書いたり、ブログに掲載するのは、誰でもできるし、掃いて捨てるほどいる。
吉田さんは、企業論について、一冊でも本を出版してたの?
それも市場から評価されたような本を、出版してたの?ってこと
上の論文(と呼べるかどうか)程度で、執筆者として選ばれる必然性がない。
実際に、執筆者として選ばれたんじゃなくて、社長から、テーマを「会社はだれのものか」に変えろって言われたんでしょ?
編集者ではなく。
それは本人が書いてるんだから、明らかに事実ですよ。
編集者と呼ばれるひとが、それには眼をつぶって、レビュアーにつっかかってるのもおかしいよ。
金払った人は、普通そんな経緯を聞くと、怒るとおもうけど。
金払ってまずお前が怒ってみな(W
いずれにせよ、企業論の専門家でも権威でも気鋭の論客でもないですよね。
彼の名前について市場で認知もされてない。
上記のブログにある短文では、もちろん出版とは縁がない。
だからプロの編集者が、部数をさばく必要のある新書で、あの時期、あのテーマの本を、吉田さんに書かせようとする可能性は低いと思います。
彼が不適格、ということではなく、他の候補よりも進んで彼を選ぶ理由がない、ということです。
そして事実は、ブランド論を書こうとしていた吉田氏に、友人の社長がテーマの変更を依頼した、ということでした。
つまり、nomadicaさんに、編集者の矜持を無視して、編集者に謝れ、というのは全く的外れだと思います。
徐々に議論がずれてきて、単にnomadicaさんには迷惑なんでしょうけど。
怖いのはその本の内容が専門家からみて、見劣りすることです。劣るものであれば新書全体のブランドイメージにかかわります。そこでは著者の有名さや出版歴よりも、その人にその問題に対する知見がどのくらいあるのか、時節にあったテーマにもとづいて書けるかどうか、の判断のほうが重要です。
ですから出版されたかどうかをさておき、上記ブログの内容が専門家レベルに達しているかどうかの判断が、編集者には求められます。
そして以下は個人的な意見ですが。サイトを見るかぎり、吉田氏の文筆レベルは実業家にはありえない高レベルです。
序文に書く云々という瑣末な議論ではなく、
「一応現役編集者」さんが、こう書いたんです。
>一方社長を知っているからといってそれでは本が出せるものなのでしょうか。
>経営権と編集権は違うのです。
>そこに編集者の矜持があります。
編集者の矜持はあるんでしょう。おそらく。
でも、事実として、経緯は違った。社長が本の内容を変えるようにすすめ、著者はそれに従った。
それを、本来は、自著の宣伝をするはずの、著者ののブログで書いてしまった。読者の信用を失わせる記述です。
序文に書いていないのは事実。序文にはもちろん書かないよ。
ただ、自分のサイト、ブログを持ち、ネット社会に通じているはずの著者としては非常に脇が甘いと思いました。
>ご参考まで さん
知見があるかどうか、が重要。私も同感。ただ、それは当たり前すぎる意見で、編集者は知見を見極めつつ、どうマーケティングするかも考えなければいけない。
新書の過剰出版によって、平均的には質が下がっているのは間違いない。それはこのブログのnomadicaさんも語っているし。
>実業家にはありえない高レベル
私は全くそう思わなかった。同時に件の著作についても。ただ、その議論はここではやめましょう。
http://www.shinchosha.co.jp/shinsho/kikan/index.html
新潮の場合は、処女作もたまにいるけど、「多くが処女作」とは全く言えませんね。
ただ、確かに、新潮新書もずいぶん質が下がったな。
新潮新書でビジネス関連は、1割以下。
仕事やキャリアみたいな啓発系を除くと数冊。
やっぱりそのなかに吉田さんがいるのが、面白いんだよな。不思議度が際立ってて。
そりゃ社長の友人じゃなきゃ、、、
なんじゃこりゃ?
121:『会社は誰のものか』吉田望
122:『観光都市 江戸の誕生』安藤優一郎
123:『被差別の食卓』上原善広
124:『もしも義経にケータイがあったなら』鈴木輝一郎
私は全くそう思わなかった。同時に件の著作についても。
どこがどうレベルが低いのか、あなたのレベルでいいですから、語ってくださいなまし。
013:『時価会計不況』田中弘
014:『日中ビジネス摩擦』青樹明子
034:『路面電車ルネッサンス』宇都宮浄人
089:『知財戦争』三宅伸吾
109:『夢と欲望のコスメ戦争』三田村蕗子
121:『会社は誰のものか』吉田望
131:『自動車が危ない』塚本潔
なんじゃこりゃ。
「低い」とは一言も言っていませんよ。
書いたように、他人のブログでそんな議論はしませんけどね。
or
ずっと現役編集者=nomadica?!
おまえが半端な議論ふっけてんだろ!
どうせ、ろくに読んでもねえくせに!
私ではありません。また、さすがにnomadicaさんではないでしょう。
まず、私は別の名前を使ってコメントすることはありません。
また、私は編集者でなければ出版業界の人間でもありません。
つまり作る側ではなく、読者としての発言しかできません。
それゆえ「業界での評価」とか「編集者としては」といったことは、私は知らないので、面白く読ませていただいています。
ただ、それによって私の意見が大きく変わることもないと思います。
あと、コメントは歓迎しますが、荒っぽいコメントはやめて頂くよう、お願いします。
読者の信用なんで別に失わないんじゃない?
そういう話って、よくある、どうやって本ができたか、みたいな、エピソードでしょ。
なんで、編集者をそんなにたてなきゃいけないわけ。ナンセンスだよ。別に編集者が企画しない本なんていくらでもあって、それと本の出来と関係ないじゃん。著者の能力とも関係ないよね。
それともさ、ずっと編集者さんの編集企画力ってそんなにすごいの?
それより、だいたい、このnomadicaって人の言語能力でも議論したら!
要は、謝らなかったから、著者が暴走したってのから発展してんでしょ、今。
それって、別に「序文の手続き論」なんていっちゃってるけど、手続き?
人に謝るのは、手続きなの?
小学校でそう、教わるわけ?
もうやめなよ、そういう議論。
この著者は、序文がどうだろうと、否定的なレビューには、暴走したよ。
読めばわかるよね、小学生君。
http://www.authenticbar.com/kqz/days/archives/001097.html
日本語おかしいね。
でもこの暑苦しい男は、なぜそんなに粘着して謝らせたいのか知りたい。動機をおしえてくれよ。
大手だからいい編集者もいっぱいいるんだろうけど、なんか、特にここ最近のリストは魅力感じないなあ。
これは一方的に吉田氏が悪者になりnomadica氏がヒーローになったことに対する単なる反動でしょう。吉田氏への嫉妬からnomadica氏への嫉妬。よりマイナーで見苦しい気がしますが。(どうもネットとはそのようなものらしく)
「某本=ネガティブ」については検証なさらないのですか、残念です。謝る謝らない議論なんかよりよっぽど生産的でいいと思ったんですけどね。
あのレビューが「人=ネガティブ」という図式だったら、名誉毀損で一発アウトな気がしますので気をつけてくださいね。もしかしたら、営業妨害を定義する民法があるのかもしれませんが、どちらにせよ、今回は売り上げにかなり貢献したんじゃないでしょうか。分け前を要求した方がいいかもしれません。
あと、営業妨害を認めちゃいますと、その部分を補填しろごるぁと言われますので、あまり引き過ぎるのもよくないでしょう。そういう意味では、相手が感情的な人で良かったですね。
それでは、ごきげんよう。
>「某本=ネガティブ」については検証なさらないのですか
私自身は、本の内容を検証しました。
当時「会社はだれのものか」「会社を誰が支配するのか」「会社は誰のためにあるのか」というテーマで、吉田氏、岩井氏以外にも何冊か本を読みましたので、読み比べして、内容を真面目に検証しました。
ただ、ここではその結果を記載しません。
Takaさんの仰るように、生産的な議論になればいいと思いましたが、結局は公表しないほうがよい、という結論に至りました。
長い目で見ると「利害で社名を変えた会社は再び利害にて社名を変えるだろう」と予言しておきます。
http://facta.co.jp/blog/archives/20060127000063.html
ライブドアによるニッポン放送買収騒動で進んだのは、キャッチフレーズ的に言えば「事業の事件化」「会社の商品化」「経営者のタレント化」「産業のメディア化」です。経営そのものは、「見出し経営」であり「愉快犯経営」です。最期の結末が「経営者の犯人化」だった、ではしゃれになりません。
コメントありがとうございます。
ただ、吉田さんの本を評価するのであれば、ここではなく吉田さんのサイトでお願いします。
あと、もし編集者であれば、引用を文中でどのように表現すべきかはご存知のはずです。
遅まきながら吉田さんの本を読んでみました。
このスレッドの冒頭にあるnomadicaさんの書評はまさに適確な書評だと思います。
簡潔で明瞭で、バランスの取れたすばらしい書評ですね。
感服しました。
コメントありがとうございます。サイトも拝見しました。保険関係は苦手な分野なので、坂本様のサイトで勉強させて頂きたいと思います。
新書で言えば、最近発売された森生明さんの『会社の値段』という新書は、「企業価値」を軸としてコーポレートガバナンス論に迫る好著だと思いました。お勧めします。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480062890/
この森生明さんの『会社の値段』という本は前に本屋でチョット見て気になっていた本なのでさっそく買って読んで見ました。
すばらしい本ですね。
すぐにややこしくなってしまいがちな話をうまく整理してわかりやすく説明する手際には感心しました。
アレモコレモと欲張らないで核心の所だけに絞り込んで説明して、しかも不正確な説明にはなっていないで、そうこうするうちにいつのまにかかなり幅広いテーマについて幅広い視点からの考察がさりげなくバランスよく提供されていて惚れ惚れしました。
金利計算とかDCF(ディスカウンテッドキャッシュバリュー)などは私のアクチュアリーという仕事の中核の考え方なので十分わかっているつもりでしたがここまで見事な説明は見たことがありません。
名古屋大学で半年間にわたって保険数理の講義をするのですが、この本を参考書にしようかな、と思います。