2012年08月30日

夜はいま

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子どもたちは元気だろうな、夢の中ではしゃいで歌うので往生させられたよ、とそう言うと、さすっていた背中の震えが引いて、笑顔が仰いだ。夜じゅう甲高い童女の声が、ふた色もつれ、遠くに聞えた。呼んでやりたいが、見当が、方角はおろか上下も定まらない。どこかでわずかに、ここに横たわる身と、斜めに、子供たちの立つ平面が交わっている。助けを求めているわけでなく、ただ無心に歌っている。それでも、もしもこちらがひとつ、身の動かし方を間違えたら、あの声は取り返しがつかなくなる。とにかく、じっとしていなくてはならない。こちらこそ宙に迷った、恣意に近いこの場所を、なおかつ刻一刻、かつがつに保持していなくてはならない。歌が続くかぎりは、永遠も恐れるものではない。

古井由吉『夜はいま』
posted by ysms at 19:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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