2012年07月12日

タンジール


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タンジールを弁護するわけではないが、これまでのところこの街は、同じ規模の多くの街と比べてさほど現代文明の悪しき影響を受けていないといえるだろう。しかし、もっと大事な点は、私がある空想を楽しんでいることである。夜になると眠っている私のまわりで、何千もの送り手から何千もの予期せぬ受け手に向かい、魔術によって四方八方に見えないトンネルが掘られていく。呪文が唱えられ、毒が自然に効いてくると、人々は、心の無防備な奥底に身を潜めていた寄生虫のごとき偽りの意識を剥奪されてしまうのだ。
ほとんど毎晩のように太鼓の音が聞こえてくる。けれども、その音は決して私を目覚めさせはしない。私の耳は太鼓の音を捉え、夜ごとイスラム教の礼拝堂から聞こえる勤行時報係の声と同じく、夢のなかに織り込んでします。たとえ夢のなかでニューヨークにいたとしても、「アラー、アクバール!」の一声でニューヨークの背景は拭い去られ、そのあとの背景はどれもほとんど北アフリカとなり、夢はつづいていく。

『止まることなく―ポール・ボウルズ自伝 (ポール・ボウルズ作品集)』
posted by ysms at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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