2011年04月06日

逃走について

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生きることは選ぶことであるから、無数の可能性を犠牲しなければならず、決して実現されざるこれらの可能性がわれわれを逃走へと誘う、という事実が逃走なのではないのだ。排斥し合うことなき複数の可能性の実現を容認する、普遍的で無限な実存の欲求も、自我の根底にあってすでに実現された平安を、つまり存在の受容を前提としている。自我の自己への緊縛を断つことを希求するものである以上、逃走は逆に、自己とのこうした平安をこそ問いただすのだ。逃走は存在そのもの、『自己自身』から逃れるのであって、存在に課せられた制約から逃れるのではない。逃走において自我は、自分がそうではなく、また、決してそうはならないだろうもの、すなわち無限と対立するものとして、自己から逃れるのではなく、自分がそうであり、そうなるであろうものそれ自体と対立するものとして、自己から逃れる。

エマニュエル・レヴィナス「逃走論」



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