
世界がいちばん静かなのは、夜が明ける前の一瞬だ。そんな時間を楽しむために、そっとベッドを抜け出して、明かりもつけずに窓辺に座る。春のはじめ、世界はまだ霧の中。遠くの山は輪郭しか見えないけれど、芽吹きは確かに始まっていて、淡い光の中に微かな緑色を感じる。
「人は、いつだって怖がっている、ほんとうは」
おだやかで落ち着いた日常はここちよい。けれどそれは、見えないところにアルあやういバランスの上にある。気がつかないふりをしているけれど、少しずつこわれながら、いつか、必ずこぼれ落ちてしまう気がするのだ。いま、手の中にあるグラスは、ゆらぎはじめた暮らしの平安をほんの少しのあいだつなぎ止めてくれるもの。キッチンにいつものように並んだ器は、気持のどこかを安心させてくれる。(『美しいこと』赤木明登著)
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