事故により主人公は超人的能力を手に入れ、長年のテーマであった言語の起源に肉薄する。三本目の薔薇の場所を探しながら、胡蝶の夢をみているのか、それとも誰かの夢でしかなかったのか。歴史が幾重もの可能性の堆積ならば、言語学者の見た夢は、夢の登場人物の現実であり、また誰かの起こりうる未来の出来事でもある。そこで咲く眼前の薔薇そのものに実体はなく、抽象的な薔薇という存在こそが意味を帯び、意味が言語を召喚する。
私はよく、戦争は絵かきにとって決して悪い時代ではなかった、その証拠に、戦争中には靉光や松本竣介のようないい画家が生まれたし、その他、みんな却っていい仕事をしたのにいまはどうだ、民主主義は芸術の敵なんだ、などと言って人を怒らせ、大方の顰蹙を買ったものだが、すべての画家にとって、ただ今を念じ、「いまの自分」「いまの生き方」を見据えて生きる日常があったということは、そうさせたのが戦争で、戦争は悪であっても、そのこと自体は非常にいいことだったのではあるまいか。(洲之内徹『帰りたい風景―気まぐれ美術館』)
パウル・クレーも第一次大戦で召集されドイツ軍にいた。「芸術においては、見ることは見えるようにすることほどには本質的な意味がない」という戦場で培われたクレーの芸術論を思い出しつつ、戦争で日本の画家は何を得たのか、そんなことを考えながら、洲之内は千葉の松田正平宅に遊びに行く。
帰りがけに、正平さんは庭へ降り、花鋏を持ってきて、一緒に行った肥後さんに花を切ってくれた。肥後さんがハラハラするほどたくさん切ってくれたが、花を切ってくれながら、正平さんは私に、自分は戦争中に薔薇の花の美しさが本当にわかったのだ、と言った。戦争も終りに近い頃、正平さんは郷里の宇部の炭坑で採炭夫になっていたが、毎日炭坑へ通う道端の家の垣根に薔薇が咲いていて、その美しさが身に沁みたのだという。戦争が、正平さんに薔薇の美しさを教えたのであった。



