2009年11月14日

意味と外部について

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篠山紀信の写真に中平卓馬が評論で応じる『決闘写真論』は、写真が還るべき場所を示す試みである。
 私ではなく、世界が語り始めるその瞬間をいかに組織するか、それがたったひとつの写真家の仕事である。世界が、事物がみずから喋りはじめるとの水路を切り開いてやること、眼の見えない人たちの世界、口のきけない人たちの世界に眼をあたえ、口をあたえること、それが写真家の仕事である。
 リチャード・アヴェドンが、たくさんのものが写真に撮られたがっていると言ったのは、そのことではなかったのか。マルト・ロベールの『カフカ』に引用されたカフカの次の言葉をこのアヴェンドンの言葉と対比させる時、それらの言葉を発したおのおのの思惑を超えて、私にはことさらに興味深いものに思われる。
「お前が家から出かける必要はない。お前の机におとなしく座っていよ、そして耳を傾けよ、耳を傾けさえするな、ただ待て。待ちさえするな、黙ってひとりでいよ。世界はお前がその正体をあばくべく、お前に自分をさし出すだろう。世界は別のようにすることができない、恍惚となって、世界はお前の前でのたうちまわるだろう」(マルト・ロベール『カフカ』宮川淳訳)

こう語る中平卓馬が、篠山紀信を論じて本書は幕を閉じる。商業雑誌の表紙を飾る篠山の写真に、答えのない問いを発し続ける写真の極限を見出す。
篠山の写真に接する時、なぜか私は必ず時間ということを考える。すべてのものが他のものに対して等価であることを主張し、遠近法はなく、意味はない。

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注目しておきたいのは、写真であるという以外のあらゆる枠組を篠山紀信が突破してしまったということである。変な言い方だが、彼によってカメラに捉えられたもの、それが写真である。まず初めに写真の美学を構成するマチエールだの、テクスチャーだのが踏みしだかれる。次に臨場感だの雰囲気が捨てられる。情緒的なもの、感傷的なものが放り出される。もはや読者は心地よい自分の寝ぐらをどこを探しても、この写真の中にみつけることはできない。そして篠山はいまあらゆる人間的なものが介入しうる余地、ひとが最後の救いを求める事物の陰影、事物のもつ暗がりをも追放しようとしているかにみえる。実際事物の陰影こそわれわれのまたとない寝ぐらである。

篠山の継続は、「写真の原点に帰ろうとする意志」だと中平は言う。原点とは中平の言ってきた植物図鑑としての写真である。事物がただそこにある。何の意味もないし価値もない。意味や価値を人間が与えようとすることは権力であり支配である。写真はそこから遠く離れて、モノと人がじかに触れあう回路を開く。
芸術の尾ひれをひっつけた写真を、単純に写真に還そうとする意志である。この時、篠山紀信の想定する写真とはあくまでも「外部」とかかわる写真である。内省とか、「自己に回帰する」哲学的な態度などが、我々が希求する自由とはなんの関係もなく、すでに在るこの世界を受け入れ、それに服従する形而上学的な逃避となることを篠山は知っている。(中略)「内部」――主観とか主体とか呼ばれるもの――がないのではない。「内部」とは「外部」との闘い、緊張抜きに在るのではない。アンドレ・ゴルツが言う通り「自由は外部に、物の傍にあるのだ」。

「僕の写真が大芸術だといわれて、芸術院会員にしてくれるならすぐなるし、芸術賞くれるといえばすぐもらう。でも、そんあことはどっちでもいいんですよ」と言う篠山の強さに、中平は最後まで追いつかずに決闘は終わる。篠山を批判するものがいても、篠山に勝つものはそういない。その力をまざざと見せ付けたのだから『決闘』という本書のタイトルは残酷なほど正しい。篠山論を書いてほどなく、中平は言葉と記憶を失う。意味や価値を超えて生きる困難を誰もが躊躇する。その一歩を超えた彼を誰も救うことはできないし、カメラがある以上感傷は不要である。

中平が「カメラになった男」だとすれば、篠山はもとより「カメラ以外であったことが一度もない男」である。篠山は「自分の肉体をでっかい眼球」にして、今日も元気に撮り続ける。

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2009年08月12日

アウトサイダーアートについて

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岩手の障害者施設に暮らす戸來貴規は、文字がつくる線の間を塗り潰すことで幾何学模様になった「日記」を1000枚以上、毎日綴っている。その美しい幾何学模様が実は文字であり、日記であると職員が気付き、作品として世に送り出されることとなる。

 芸術表現の一側面を「存在そのものの暗号化」と呼びうるとすれば、批評の役割はそれを解読することである。おそらく「インサイダー」の暗号はコンヴェンションの知識だけでも解読できる。しかし「アウトサイダー」の暗号は、彼ら自信と関係しなければ解読できないことが多い。なにも、個人史や個人病理に注目せよというわけではない。ただ彼らの傍らに寄り添うことが、作品への視線を深くする場合があるのだ。
 批評における関係性の比重という点においても、「イン」と「アウト」の区分は、やはり暫定的には擁護しておかざるを得ない。
 繰り返そう。戸來に寄り添った職員たちは、彼と「関係」することで、彼だけが秘めていた創造の「回路」を見出した。彼女たちのひとりは、次のように述べる。
「どこひとつとっても、全部に戸來さんのオリジナルな部分がちりばめられている。そして関われば関わるほど、いろんなことが発見できる。ほんとに何か見つけるたびに戸來さんをぎゅっとしたくなるような作品です」。(「関係することがアートである」斎藤環著「美術手帖」09年7月号)

美術教育であろうが障害の種類であろうが制作者の属性の「アウト」と「イン」の区別によるアウトサイダーアートの定義には、そのアートが鑑賞者にもたらす力を捕捉できない以上限界がある。鑑賞するものが創造者の回路に触れ、不可逆な変化を遂げる。その過程を経なければ作品に触れた者が意味のある言葉を生み出すことができない。アウト/インの境界をめぐる議論に終始する限り、その境界の前に踏みとどまり意味のある言論は成立しない。その境界を軽々と超えていく、創造者と鑑賞者が寄り添う精神の運動の中に発見されるべきアートが、アウトサイダーアートである。
粗暴で手の付けられなかった戸來が、彼の日記を発見し解読する職員との対話により徐々に心を開き、職員は「ぎゅっとしたくなる」感情を抱くに至る。「インサイダー」の鑑賞や解釈では生まれえない、存在を揺るがすような変化の過程にこそ、アウトサイダーアートのもたらす力を見出すことができる。


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2009年08月10日

夜明け前

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 世界がいちばん静かなのは、夜が明ける前の一瞬だ。そんな時間を楽しむために、そっとベッドを抜け出して、明かりもつけずに窓辺に座る。春のはじめ、世界はまだ霧の中。遠くの山は輪郭しか見えないけれど、芽吹きは確かに始まっていて、淡い光の中に微かな緑色を感じる。
「人は、いつだって怖がっている、ほんとうは」
 おだやかで落ち着いた日常はここちよい。けれどそれは、見えないところにアルあやういバランスの上にある。気がつかないふりをしているけれど、少しずつこわれながら、いつか、必ずこぼれ落ちてしまう気がするのだ。いま、手の中にあるグラスは、ゆらぎはじめた暮らしの平安をほんの少しのあいだつなぎ止めてくれるもの。キッチンにいつものように並んだ器は、気持のどこかを安心させてくれる。(『美しいこと』赤木明登著)



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2009年08月09日

ニヒリズムについて

かつての情報誌「ぴあ」や現在のインターネットの世界で、目的を持って収集されるはずの「情報」が、その目的を失い自律的な世界を形作っているように感じられ、目的よりもその情報の海を遊泳すること自体に快楽を感じるような価値の反転を引き起こしている。だがその価値の反転や自己目的的な快楽がニヒリズムなのではないと入不二基義は言う。

「目的地」に行き着くことではなく、道を歩くこと自体へと、価値の眼差しが「反転」すること。それは、ある意味では「生きる」こと自体を楽しむ姿勢であると言ってもいい。私たちの「生」は何かの「ため」の手段ではなく、今・ここの「生」を十分に味わうこと自体が、豊かに生きることなのだ・・・・・・というように。
 (中略)
しかし、その自己目的的な「快楽」をポジティヴに言い続けることもまた、どこか強迫神経症的であり、別の何かから逃げ続けているように見える。 つまり、そのような自律的で自己目的的な「豊かな生」は、「虚しさ」や「退屈」を忘却しようとすることと紙一重である。
 (中略)
私たちの「生」は、絶対的で最終的な「目的」や「意味」など持たない。そんなことは、ごく当たり前のことにすぎない。にもかかわらず、ことされそれを、今・ここの「輝き」や「快楽」を称揚するために持ち出すとすれば、それはむしろ、ただの当たり前の事実に耐えられず、「輝き」や「快楽」をことさら言い立てることによって、実は「目的」や「意味」の欠如を忘れたい、ということだろう。
間違ってはいけないと思う。情報の「海」の快楽に潜む「ニヒリズム」とは、私たちの「生」に絶対的で最終的な「目的」や「意味」がないということではない。その事実を知っているふりをしながら耐えきれず、価値の眼差しを「転倒」しつつ、それらを何とか楽しく忘れたいということこそが、ニヒリズムなのである。ニヒリズムとは、生の無意味さ自体のことではなく、無意味ということ自体を意味化してしまわざるをえない「病」のことなのである。(『足の裏に影はあるか? ないか?』入不二基義著)

真の虚無を生き続けられる人はいない。ニヒリズムは価値や目的の不在という真実を隠蔽し、無目的な快楽に救済を求める姿勢において、虚無を虚無のまま受け入れられない自己矛盾を内部に抱えている。そして人がニヒリズムに魅せられる理由は、虚無の直視ではなく虚無の隠蔽というウェットで不徹底な姿勢にこそあるのだろう。

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2009年07月09日

長所で過つ

政治が江藤淳の体を大きく損なった、と「新潮」編集人坂本忠雄はいう。
小林さんが心配していたわけよ、彼のことをね。それで、どうなんですかと言ったら、僕は名言だと思うんだけど、人間はね――「江藤」と言わないんだよ――人間というのは長所で過つ、短所では絶対に過たない、と言った。

健康なスポーツマンが早死にし、数字に強い人間が投資詐欺にあい、タクシー運転手が事故を起こし、科学者がニューエイジに走る。慢心といった言葉では片付かず、長所という自他の認識の中に潜む陥穽にこそ、目を向けなければならない。



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2009年06月26日

中景について

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彫刻家の舟越保武が、耳の不自由な松本竣介の後ろから声をかけたところ、「何だ?」といって戻ってきたというエピソードがある。
耳の不自由な画家がなにか霊気にふれたかのごろくふりむくその姿は、わたしにとって恐ろしく神秘的である。そしてまた、そのふりむく眼差しには棘はなく、心を通わせてきた友情にひろい空間をいだいていたというようにもうけとれる。童顔のかおだちのせいばかりではない。舟越氏は澄んだ声で返事したと書いているが、これはむしろ画家竣介の人間の全体からうけるひとつの印象といってもいいだろう。他者に対して自己の存在をきわめて明確なものとして印象づけるのは、自分のなかに他人には想像もできぬような不安の感情がうずまいているからにちがいない。音の世界から遮断されたものは自己の内部の不安におびえ、また、うなり続けているであろう外界の音を予感していては、生命すらあやぶまれることもしばしばあったろうと思う。実際に耳をふさいで街を歩いてみればよい。(「暗い歩道に立つ―松本竣介」『早世の天才画家』酒井忠康著)


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著者は日本近代絵画史の「近代」とは、遠近法における中景の不足を埋めることであり、中景が近代そのものであったとする。そして、竣介は中景に「自覚的に身を寄せて」いた画家であった。

絶望的な遁走といえば、大げさにきこえるが、並木路のある歩道石のがっしりとした塀は、まるで牢獄の外壁のような印象をあたえる。画家の心象をものがたっているらしい帽子をかぶった黒い人物に声でもかけてみたい衝動にかられ、わたしはかつて竣介のヒューマニズムの影であろうと形容したことがある。(中略)都市の風景と慮工面することによって、固有の不在圏を画布に塗り込めた松本竣介でありながら、それはついに断念の思いにもつながっているという逆接をもこの《並木道》はものがたっている。声をかけてみたいという衝動は、けっして画布を告発の戦場にはしなかった画家の、本当の理由を訊いてみたいとの思いにかられるからであるが、おそらく添景の人物は無言のままに通りすぎてゆき、川沿いの一隅で都市の廃墟を予感し、橋の上で日の暮れるのをまっているのにちがいない。(同上)

画家の抵抗は、良心や創作を踏みにじる時代を声高に告発するものではなく、内なる絶対不可侵の領土を守り続けることであった。領土を無傷のまま死守することと、感覚を研ぎ澄ませて外界の音を聞くことを、稀有な回路で支えたのが、モディリアニに学んだ松本竣介の稀有な黒い線であった。





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2009年06月22日

神話と音楽

子どものころから作曲家や指揮者になりたいと夢みていたレヴィ・ストロースは、戦中、亡命先のニューヨークでフランスの大作曲家ダリユス・ミヨーと会う。
「自分は作曲家になるという自覚を、いつからもたれましたか」と私は尋ねました。ミヨーはこう説明してくれました。彼が子どもだったころのことです。ベッドのなかで少しずつ眠りに落ちようとしているとき、ある音楽が聞こえてきて、彼はそれに耳を傾けました。しかしそれは、いままでに聞いたこともないような音楽でした。ミヨーはのちになって、それがすでに自分で作った音楽だったことに気付いた、と言うのです。


レヴィ・ストロースは音楽と神話を、言語という親から生まれ、異なる方向を歩み、再び会うことのない姉妹に例えており、ならば彼は音楽家を自らの兄弟と見なしていたとしても不思議ではない。
神話と音楽の類似した構造の研究は、音楽家を目指した彼を魅了したテーマの一つであったに違いない。例えばバッハのフーガとそこでのストレッタは、善と悪の繰り広げる遁走の物語と二つの原理の統合によって争いを解決するという、多くの神話に見られる構造を無意識に拝借している。ソナタ、シンフォニー、ロンドなど、様々な音楽形式は、同じ構造を持つ神話の存在を示すことができる。文学の嫡子は神話から小説、小説からセリー音楽へと継承されている。


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2009年06月09日

恐怖について

グランドキャニオンの絶壁の前に安全用の柵が設置されていないという指摘から、小沢一郎の『日本改造計画
』は書き起こされていたと記憶している。
事故とその責任追求を恐れ規制だらけの日本社会で、自由と自己責任の文化を育てようと主張する小沢に、当時の日本人は新しい何かを感じていたはずだ。その後小泉政権に引き継がれたその国家観の末路は誰にもわからないし、小泉も小沢ももういない。

「Atlantic」誌08年11月号で、記者のジェフリー・ゴールドバーグは、アメリカの空港での搭乗検査をあざ笑うかのように、危険なモノを機内に持ち込むことに成功する。アルカイダのTシャツ、イスラム聖戦旗、ヒズボラのビデオテープ、アラファトの空気人形、ポケットナイフ、ベイルートとペシャワールのホテルのマッチ、防塵マスク、ロープ、ライター、爪切り、8オンス(220ml)の歯磨き粉、外国の水、カッター。これらをこっそり機内に持ち込もうとして、何十ものセキュリティゲートを通るが、4回だけもう再検査され、爪切りとシェービングクリームの缶を指摘されただけであった。ある空港では、胴体に装着した80オンス(2.2L)のビールを入れられるBeerbelly(ビールッ腹)という器具はセキュリティーを通過したが、手荷物の8オンスの水の瓶は没収された。
ゴールドバーグは、TSA(アメリカ運輸保安局)の職員によるセキュリティチェックは、厳しいチェックの体制を見せることで乗客を安心させる、劇場的な効果しかないと結論づける。
実験したようにテロリストを空港で摘発することはできない。それならば、貴重な税金は、テロリストが空港に来る前の諜報活動に費やされるべきではないか、と。

米国は自由で自己責任、リスクを取る文化がありセキュリティも軽い、日本はその逆でリスク回避的国民性あるという単純な図式で国民性や政治を捕捉しようとする議論には無理が多い。
イラク攻撃に見られる米国のリスクテイクは、多くの攻撃と同様、リスクを過大評価する不安に背中を押された結果だと知ったならば(1%ドクトリン)、リスクを把握できず恐怖をコントロールできないという意味で日米に大差はない。
アメリカの手荷物検査も、ロンドンの監視カメラも、一度不安に陥った人間が微小なリスクを過剰に回避する心理から抜け出せないというプロスペクト理論の好例である。文明社会の不安は見えない敵を生み、安全よりも安心のために多くのエネルギーを消耗するが、安全が強化されるほど安心からは遠ざかるという逆説を生きなければならないのは洋の東西を問わない。

「グラン・トリノ」で、隣に越してきたモン族の内気な少年にセルフメイドな男のあり方を教える頑固老人イーストウッドは、同じ骨法であっても『初秋』で依頼人の息子を一人前のマッチョな男に鍛えようとする私立探偵スペンサーのような「強きアメリカの父親」ではない。
スペンサーは闘い方を教えたが、イーストウッドは攻撃と復讐の連鎖を断ち切るために自ら差し出すもの、つまり犠牲のありかたを少年に教えることになる。

内なる恐怖の根源と対峙しなければ、恐怖は取り除けない。
先制攻撃と、セキュリティ強化による防御は、恐怖そのものを何ら減じないという点で同工異曲でしかなく、攻撃と防御は表裏から手を組んで恐怖を隠蔽し、不安を増大させる装置である。
劇中、銃を向けて不良を敷地から追い出し、不良のアジトに乗り込んで相手を殴ったイーストウッドが、攻撃と防御を超えた地点から難題を解決するに至るまでには幾多の犠牲を伴った。
犠牲を差し出すことを拒んだ私たちは、犠牲の向こうにイーストウッドが見たユートピアとは正反対の、過防備、過監視、過攻撃社会を生きていかなければならない。

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2009年06月08日

象徴主義について

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唐突にここで庭園と彫刻に活動の場をもったふたりの芸術家、イサム・ノグチと流政之を比較しておきたい。
ふたりとも日本的な完成を基礎としながらも、近代彫刻の新しい地平を切り開き、さらには庭園やランドスケープ・デザインにまでその活動領域を拡大していったという点で、多くの共通部分をもつ。うっかりするとどちらがどちらか分からなくなってしまうほどだ。
けれども「象徴主義的」という発想の尺度からこのふたりを比較するとき、イサム・ノグチにはより抽象性が強く、流政之は時折具体的な意味に接続する言葉を用いた、「象徴的」な作品を作るように思う。これはどのようなことを意味するのであろうか。
おそらくイサム・ノグチの抽象性の高さは彼の作品世界の自立性の高さ、いいかえれば近代性の高さを示すものではないか。それに対して流政之の「象徴性」への傾斜は、彼の作品が、過去の文化がもっていた歴史的世界観をある程度前提とした、折衷的正確をもつものであることを示しているように思われる。どちらが優れている、どちらが純粋であるといった問題ではないが、年長であったノグチの方がより近代に生き、流政之の方が過去との狭間を意識しているように思われる。

UP6月号 「近代建築論講義―5 象徴と自然 庭園の近代」鈴木博之著
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2009年03月27日

子どもの貧困

『子どもの貧困』で、著者は先進諸国に比べて日本の子どもの貧困率が高いこと、政府の子どもへの支援が手薄であることを多くのデータを用いて立証している。
税や社会保障による再配分の結果、日本の子どもの貧困率は悪化しているといった驚くべきデータの数々で日本の子ども政策の不備が検証され、日本という国の未来を考える上で重要な一冊に違いない。
ではなぜ日本は子どもへの支援を怠ってきたのか、前提となる子どもの貧困が政策として表面化することがほとんどなかったのか、という根本的な疑問は本書の読了後も解決されない。(それはもちろん著者の責任ではない)

著者は「全ての子どもに与えられるべきもの」というアンケート結果の国際比較に注目する。貧困とは、収入の多寡よりも、その社会で合意された「与えられるべきもの」が与えられない「剥奪状態」のことだと定義できるからだ。

例えば周囲の子どもが持っている「おもちゃ」について、日本は12.4%が「与えられるべき」と答えたのに対して、イギリスは84%。
つまり、それ以外の人々は、「経済状態などによっては与えられなくても仕方ない」と考えていることを意味する。
「新しい靴」は、日本が40.2%、イギリスでは94%。
「歯医者に行くこと」は、日本が86.1%、オーストラリアでは94.7%。(14%の日本人は、「子どもが歯医者に行けなくても仕方ない」と考えているということだ)
他国のデータが少ないので読者は判断しづらいが、先進国の中でも日本では「子どもに与えられるべきもの」の期待値が低いと著者は結論づけている。

なぜ、「子どもに与えられるべきもの」の社会的合意は、低い水準にあるのか。
「高齢者の不支持」という仮説がある。戦中戦後のモノがない時代を生き抜いてきた経験に比べれば、今の子どもの相対的貧困は生ぬるい・共感できない、という高齢者を中心とした意見がスコアの平均値を下げているという仮説だが、若い世代と年配世代はほぼ同じ値を示しているという。
また、子育てを巡る環境は日々変化しており、現在子育てをしていない人には「子どもに与えられるべきもの」のイメージができないのではないか、という仮説もあったが、子育て中と子育て中でない人のスコアも同じであったことから、却下される。
著者は日本人が持っている3つの「神話」にたどり着く。他の子供たちも似たり寄ったりであろうという錯覚を起こさせる「総中流神話」。家庭環境に関わらず、真面目に勉強すれば成功の機会は等しく与えられるという「機会の平等神話」、そして『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』に象徴される裕福でなくても温かい家族のもと子どもは幸せに育つという「貧しくても幸せな家庭神話」。
著者が本書で検証してきたのは、子ども期の生活の充足と、学歴、健康、就労、所得、結婚には密接な関係があるという動かし難い統計的事実だが、この神話によって日本人は子どもの貧困に鈍感になっているのではないか、と推測する。

子どもには選挙権がない。そして本書で大きな課題とされている母子家庭においても(日本は母子家庭の貧困率が特筆すべき高さである)、母親は子育てと仕事に追われ、選挙に行く暇もないだろう。子どもに限らず貧困という問題は救われるべき人が政治勢力たりえず、子どもは特にその傾向が強くなるという課題を抱えている。つまり政治家が子どもの貧困削減に取り組んでも、選挙の得票に結びつきにくい。
子どもの貧困が政治的なイシューとして取り上げられるには、メディアと世論が沸点に至るのを待つしかないのだろうか。


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